遅かれ、早かれ、恋になりまして。
17:20
”どうしよう、止めて、弥生”
月曜日。
あれだけ楽しみにしていた電車の時間が、今はどうしようもなく憂鬱だった。今日は電車の時間を変えて、いつもより1時間早いものに乗り込んだ。有馬さんが、「今日から元の時間に戻す」って言っていたから、会うわけにはいかなかった。
忘れる。全部、忘れる。
そうするって決めたはずなのに、決めれば決めるほど、有馬さんの顔ばかり浮かんでくる。ガタンゴトンと揺れる電車の中で、いつもなら無意識につけていたAirPodsさえ、今日はどうしても耳に入れられなかった。
会社に着くと、まだ誰もいない静かなフロアの中で、負のオーラみたいなものを全身にまとった八木くんが、一人で無心にパソコンを触っていた。朝の薄暗い空気と、カタカタ響くキーボードの音だけがやけに静かで、私は少しだけ肩の力を抜く。
「八木くん、おはよう」
声をかけると、八木くんは画面から目を離さないまま「おはようございます」と返して、それからふいにこちらを見た。
「先輩、俺金曜大丈夫でした?」
「八木くん、お酒弱いんだね」
笑いながらそう返すと、八木くんはむっとした顔で「先輩こそかなり飲んでましたけど」と言い返してくる。その感じがいつも通りで、私は少しだけ安心してしまった。
これだ、これ。こういうくだらないやり取り。落ち着く。
「先輩こそかなり飲んでましたけど、帰れました?」
「……あー……」
うまく言葉が出ない。たぶん、顔にも出ていたんだと思う。八木くんがゆっくり立ち上がる。
「……また、有馬さん、ですか」
「また……ってなに?」
「先輩のこといつも見てるって言ったじゃないですか。先輩が、有馬さんを好きだってこと、簡単に分かりますよ」
その瞬間、息が止まりそうになる。見抜かれてた。そんなに分かりやすかった?いや、そもそも私は、自分で思っていた以上に、有馬さんのことでいっぱいだったんだろうか。
八木くんが、私に一歩近づく。その距離だけで、空気が変わる。