身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

28 王都はとても綺麗でした(1)

 馬車に揺られ、王都歌劇場へ到着した。

 本日はマチネの公演で、窓を覗くと劇場前の広場には多くの馬車が停まっていて、貴族とおぼしき人々が行き交っている。

 今日出掛けるにあたり、エミリーと、もう一人のメイドさんが付き添い、護衛の騎士さんも二人付いてきてくれた。
 オペラ鑑賞に出掛けるだけでもこの人数だなんて、公爵夫人っていうのは大変なんだなと、つくづく感じる。

 馬車を降りると、絢爛豪華な建物に圧倒されてしまう。
(これが歌劇場!? これってお城じゃないの!?)

『スミレ! 早く早く、行きますわよー!』

 さっきから落ち着かないベアちゃんは、さっさと歌劇場の入り口の方へ飛んでいってしまった。

 マリアンヌ様とはロビーで待ち合わせしている。私はベアちゃんの後を追った。

 劇場内に入ると、正面に精巧な装飾が施された手すりの大きな階段が広がっていて、天井にはまばゆい豪華なシャンデリアが輝いている。 

 人混みの中でマリアンヌ様を探す。

『スミレー! こちらですわよー!』

 ベアちゃんに呼ばれて声の方を見ると、階段の近くでマリアンヌ様が立っている。
 淡いイエローのドレスがとてもお似合いだ。
 その場だけ、清廉な空気が漂っているように見えた。

「お……おまたせしましたわね、マリアンヌ様、おほほ」
 
 私が声を掛けると、マリアンヌ様は微笑みを浮かべる。

「ベアトリス様、本日はお付き合いくださいまして、ありがとうございます。とても楽しみにしておりましたわ」

「こちらこそ、お誘いくださって光栄ですわ。おほほ」 

 昨夜、ベアちゃんに熱血指導を受けた挨拶をどうにか披露する。

 上手くできてるか不安になってベアちゃんの方を見るが、彼女はマリアンヌ様に夢中でこちらなんて見ていなかった。
 両手の指を絡め、マリアンヌ様を拝んでいる。

『あぁ、マリアンヌ様ぁ。今日の装いも最高にお似合いですわ! 私の天使……』

(ちょっと……ベアちゃん……。サポートしてくれるって言ったのにっ。こりゃダメだわ……)

 私がマリアンヌ様と話すのが緊張するし、不安だと話したら、ベアちゃんはサポートしてくれると約束してくれたのだけど、自力で頑張るしかない。

「……じゃ、じゃあ参りましょう、おほほ」
 私はスカートを翻して、歩き出す。

「あ、ベアトリス様、違いますわっ」
 マリアンヌ様に呼び止められる。

(え!? バレた!?)

「は、はい?」
 緊張で身体が強張る。

「お席は反対ですわ」

「席……? あら、間違えましたわ、おほほほっ」

 私が笑って誤魔化すと、ベアちゃんの呆れたような視線がこちらを突き刺していた。


 エミリーに案内され、二階の中央寄りのボックス席に到着した。ここからだと、舞台や劇場内がよく見渡せる。

「わぁ、こんな良い席を取ってくださったんですか? マリアンヌ様、ありがとうございます!」

 私がお礼を言うと、マリアンヌ様は慌てたように白魚のような手を振った。

「いいえ、とんでもございません! 私ではないのです。あの実は……招待状が届きまして。公爵閣下がご用意してくださったのです。私がお誘いしたのに、却って申し訳ありませんでした」
 マリアンヌ様は恐縮するように、肩をすぼめる。

「え? アルフレッド様が?」

 私がエミリーに視線を送ると、彼女は肯定するように頭を下げる。

『まぁ、公爵家としては当然なのでしょうが、ちょっと強引すぎますわ……。マリアンヌ様の顔を潰す気かしら、あの眼鏡っ』
 ベアちゃんが納得いかないように、ブツブツ呟いていた。

(アルフレッド様は、何も言ってなかったけど……)

 この間の裏庭の件も、知らぬ間に準備してくれたり、今回も私のために手配してくれたのだろう。

 胸が温かくなるような、少しくすぐったいような不思議な感じがする。

「ふふっ、公爵閣下と上手くいっていらっしゃるご様子で、安心いたしましたわ。心配してましたのよ」
 マリアンヌ様が私の様子を見て微笑む。

「え……、それは、ありがとうございます……」
 きっとベアちゃんの結婚のことを心配していたのだろう。

「私は……ベアトリス様がどんな決断をなされても、……彼女が幸せでいらっしゃることを祈っておりますわ」

(え……? 彼女……?)

 私は驚いてマリアンヌ様の顔を見つめるが、彼女はそれ以上は何も語らず、笑みを浮かべているだけだった。

 ……やはり彼女は、私がベアトリスではないと気付いていたんだ。

 ベアちゃんはマリアンヌ様の言葉を聞いて瞳を潤ませていたが、私の視線に気付くと、ふいっと顔を逸らした。

(ベアちゃん……、マリアンヌ様は本当に素敵な人なんだね……)
 ベアちゃんがマリアンヌ様に惹かれた理由が、少し分かるような気がした。
 
 
 大迫力のオペラを堪能し歌劇場を出ると、辺りは夕焼けに染まっていた。
 私たちは、馬車の近くまで歩いていく。

「本日はありがとうございました。とても楽しかったですわ。またお誘いしてもよろしいでしょうか?」
「はい! 嬉しいです! 是非、お願いします、マリアンヌ様」
「それでは、ベアトリス様。ごきげんよう」

 マリアンヌ様は優雅にスカートを持ち上げ一礼し、身体を翻して去っていく。

(はぁ。楽しかったな……)
 まだオペラの余韻に浸りつつ、馬車に乗り込もうとした時だった。


『――きゃあ、スミレ!! マリアンヌ様がぁぁっ!!』
 
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