身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

27 はい、約束です

 今日もマリアンヌ様からお手紙が届いた。

 早速読み進めていると、ある一文に目が止まる。
 そこには、“久々に観劇に行きませんか?”と書かれていた。

「ん? 観劇?」
『観劇!? 素敵ですわ! 是非行きましょう!』

 隣で一緒に読んでいたベアちゃんが、興奮気味にくるくると回り始める。

 折角誘ってくださったのだから行きたいけど、私が勝手に決めちゃいけないだろう。

「それって、アルフレッド様の許可が必要……だよね?」
 私が尋ねると、ベアちゃんの動きがピタリと止まった。

『……まぁ、そうなりますわね……』
 ベアちゃんは心底嫌そうに顔を歪める。

「……でも、大丈夫かなぁ? マリアンヌ様にも、私がベアちゃんじゃないってバレちゃうんじゃ……」

 私は不安になる。
 アルフレッド様には、私がベアトリスではないことがバレてしまった。
 マリアンヌ様はベアちゃんの友人だし、長時間一緒にいれば気付かれてしまうはずだ。
 
 ベアちゃんは顎に手を当て、考え込んでいる。

『そうですわね……。たしかにマリアンヌ様なら、気付いてしまうでしょう。彼女もあなたを替え玉だと思うかもしれませんわ』
「え? そうなの?」

『えぇ。実は私は昔、結婚なんてしたくないと、マリアンヌ様に散々愚痴っていましたのよ。ですから、私ならやりかねないと思うでしょうね、ふふっ』

 ベアちゃんは可笑しそうに笑う。その瞳はとても優しかった。
 ベアちゃんが本当に、マリアンヌ様を大切に思っているのが伝わってくる。

『マリアンヌ様ならバレても大丈夫ですわ。ですから、お願い、スミレ……。観劇に行きましょう!』

 ベアちゃんは祈るように両手を組んで、私を真剣な眼差しで見つめてくる。
(す……、すごい圧力が……。断われないよ〜)

「えっと……、分かった……。アルフレッド様に頼んでみるね……」

『ありがとう、スミレ! じゃあ、眼鏡の所へ行きますわよ!』

 そう言ってベアちゃんは、一人でさっさと壁をすり抜けて行ってしまう。

「ちょっと、ベアちゃん!? ……はぁ、まったく。しかも、眼鏡って呼び方……」

 呆れつつも、ベアちゃんの暴走ぶりがちょっと楽しく思える。
 私もベアちゃんの後を追い掛けた。



「……何? 観劇に行きたいと?」
 執務室にいるアルフレッド様に、観劇について話すと渋い顔をされた。

「はい……、ひ、久しぶりに友人と観劇もしてみたいと思いまして……」
 アルフレッド様はまだ渋い表情のまま、考え込んでいる。

「……君は、観劇に行きたいのか……?」
 やっと聞こえるくらいの小声で尋ねられ、私は頷いた。

「はい……、そうですね。行きたいです……」

 ベアちゃんのお願いだというのもあるけど、私としても観劇に興味がある。生で観るオペラって、どんな感じなんだろう。

「……だったら、俺が連れていくが」

「へ?」

『じょ、冗談じゃないですわよ! なんで眼鏡と行かなければならないんですのよ! 断りなさい、スミレ!』
 
 耳元でベアちゃんが叫んだので、耳がキーンと響く。

「えっと……、お忙しいアルフレッド様に連れていってもらうなんて、申し訳ありませんので。わ、私はマリアンヌ様と行きますから……その、大丈夫です」
 私がしどろもどろになりつつ断ると、

「そ、それは……俺とは、行きたくないと……?」

 アルフレッド様は、見るからに落ち込んだような空気を纏っている。

「え、違いますよ! そんなことないです!」
 私は慌てて手を振って否定する。

「では、今度は俺と行くと約束してくれ。……いいな?」

「……は、はい」

 私が首を上下に振ると、眼鏡を押し上げたアルフレッド様の口角が僅かに上がる。

「ならば仕方ないな。今回は、ブラン伯爵令嬢にその役は譲ろう」

「……ありがとうございます……」

 お礼を言うと、眼鏡の向こうの瞳が細められる。
 いつの間か、アルフレッド様と観劇に行くことも決定してしまった。

(アルフレッド様と観劇かぁ。なんか、デートみたいだな……って、何を考えるの私はっ)

「……くれぐれも周りには気を付けろ」

(私が本物のベアトリスではないことを、知られるなってことだろうか……)
 
「はい……、気を付けます……」
 私は気を引き締める。

「知らない男に声を掛けられても、付いていくな。……いや、知っていても駄目だ。……分かったな?」
「……へ?」

『あらあら、過保護ですわねぇ……』
 ベアちゃんの呆れたような溜息が聞こえる。

 私はアルフレッド様から鋭い視線を送られ、頷くことしかできなかった。

 
 
 それから数日後、私はマリアンヌ様と観劇に出掛けることになった。

 それが、私の最後になるとは、この時の私は知らなかった――。
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