隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
第30話:強奪
「じゃあ、俺は先に行っているから」
「気をつけてね」
「蒼乃こそ、気をつけて」
東京ジュエリーショーの当日。
張り詰めた空気の流れるリビングで、昂輝と短い言葉を交わした。
御堂ジュエリーの未来を背負う、あのサファイアは、蒼乃が祖父の手となり、祖父が蒼乃の目となり、そうして磨き上がった。
蒼乃がこれまでの研磨人生で培ったすべての技術を注ぎ込んだ、渾身の力作だ。
妥協を許さない祖父の厳しい目がなければ、原石の奥に眠るここまでの神聖な光彩を引き出すことはできなかっただろう。
最後の仕上げに磨きをかけ、美しく輝くその石は、蒼乃と専門の警備会社の手によって、開始時刻ギリギリに会場へと搬入することになっていた。
「おじちゃん、いってらっしゃい」
輝がトトトッと、昂輝を見送りにやってきた。
小さな、しかし弾むような声が玄関に響く。
マンションの地下にある温水プール。そこで二人が一緒に遊んだ日から、二週間ほどが経っていた。
不器用ながらも必死に自分を楽しませようとしてくれる昂輝に、輝は少しずつ、だが確実に懐いていっている。
ジュエリーショーという大きな試練を前に、昂輝と蒼乃のプライベートな関係についての話し合いは一時的に棚上げされていた。
今日の展示が無事に終われば、その時、輝にすべての真実を打ち明けよう。
二人で、そう決めた。
もうすぐ、自分たちは本当の家族になれるのだ。
蒼乃の胸にあたたかい灯がともる。
研磨を成功させた手応えと、息子の柔らかな変化が、彼女の背中を強く押していた。
「ママみて。ぼく、おじちゃんみたい」
輝が誇らしげに胸を張り、くるりとその場で回ってみせる。
今日という晴れ舞台のために、昂輝がわざわざ仕立ててくれた子供用のスーツを、輝は嬉しそうに着込んでいた。
動きやすさを考慮してボトムは半ズボン、ネクタイも可愛らしい蝶ネクタイだ。
仕立ての良いきちんとした服装を身に纏った輝は、昂輝に似た凛々しい表情を見せる。
昂輝と同じ色の瞳。
昂輝をそのまま小さくしたような顔立ち。
血の繋がりというものの濃さに、蒼乃は小さく微笑んだ。
「ママ、これもってく」
「だめよ。今日は何も持っていきません」
「ええ、だいじなものはいつもいっしょなんだよ。ひいじいがいってたもん」
拾った石を詰めた袋を持って、輝がごねる。祖父は、優しく輝の頭を撫でた。
「輝くん、落としたら困るじゃろう。大事なものを一個だけにしなさい」
「いっこかぁ。うーん」
袋を開き、吟味し始める。
「ねえひいじい、きょう、キラキラのお石たくさんある?」
「おお、たくさん見れるぞ。楽しみじゃな」
祖父の声に導かれるように、蒼乃は手元に用意された、サファイアの入ったケースを見つめた。
自分の持てるすべての力を振り絞って、あのサファイアの原石と対峙した。
職人としての自信はある。
しかし、会場へ向かう時間が近づくにつれ、言いようのない重い不安が胸を支配し始める。
本当にあれで良かったのだろうか。
自分の研磨で、本当に昂輝を、御堂ジュエリーを救うことができるのだろうか……。
強張る指先を、蒼乃はぎゅっと握りしめた。
*
「気をつけてね」
「蒼乃こそ、気をつけて」
東京ジュエリーショーの当日。
張り詰めた空気の流れるリビングで、昂輝と短い言葉を交わした。
御堂ジュエリーの未来を背負う、あのサファイアは、蒼乃が祖父の手となり、祖父が蒼乃の目となり、そうして磨き上がった。
蒼乃がこれまでの研磨人生で培ったすべての技術を注ぎ込んだ、渾身の力作だ。
妥協を許さない祖父の厳しい目がなければ、原石の奥に眠るここまでの神聖な光彩を引き出すことはできなかっただろう。
最後の仕上げに磨きをかけ、美しく輝くその石は、蒼乃と専門の警備会社の手によって、開始時刻ギリギリに会場へと搬入することになっていた。
「おじちゃん、いってらっしゃい」
輝がトトトッと、昂輝を見送りにやってきた。
小さな、しかし弾むような声が玄関に響く。
マンションの地下にある温水プール。そこで二人が一緒に遊んだ日から、二週間ほどが経っていた。
不器用ながらも必死に自分を楽しませようとしてくれる昂輝に、輝は少しずつ、だが確実に懐いていっている。
ジュエリーショーという大きな試練を前に、昂輝と蒼乃のプライベートな関係についての話し合いは一時的に棚上げされていた。
今日の展示が無事に終われば、その時、輝にすべての真実を打ち明けよう。
二人で、そう決めた。
もうすぐ、自分たちは本当の家族になれるのだ。
蒼乃の胸にあたたかい灯がともる。
研磨を成功させた手応えと、息子の柔らかな変化が、彼女の背中を強く押していた。
「ママみて。ぼく、おじちゃんみたい」
輝が誇らしげに胸を張り、くるりとその場で回ってみせる。
今日という晴れ舞台のために、昂輝がわざわざ仕立ててくれた子供用のスーツを、輝は嬉しそうに着込んでいた。
動きやすさを考慮してボトムは半ズボン、ネクタイも可愛らしい蝶ネクタイだ。
仕立ての良いきちんとした服装を身に纏った輝は、昂輝に似た凛々しい表情を見せる。
昂輝と同じ色の瞳。
昂輝をそのまま小さくしたような顔立ち。
血の繋がりというものの濃さに、蒼乃は小さく微笑んだ。
「ママ、これもってく」
「だめよ。今日は何も持っていきません」
「ええ、だいじなものはいつもいっしょなんだよ。ひいじいがいってたもん」
拾った石を詰めた袋を持って、輝がごねる。祖父は、優しく輝の頭を撫でた。
「輝くん、落としたら困るじゃろう。大事なものを一個だけにしなさい」
「いっこかぁ。うーん」
袋を開き、吟味し始める。
「ねえひいじい、きょう、キラキラのお石たくさんある?」
「おお、たくさん見れるぞ。楽しみじゃな」
祖父の声に導かれるように、蒼乃は手元に用意された、サファイアの入ったケースを見つめた。
自分の持てるすべての力を振り絞って、あのサファイアの原石と対峙した。
職人としての自信はある。
しかし、会場へ向かう時間が近づくにつれ、言いようのない重い不安が胸を支配し始める。
本当にあれで良かったのだろうか。
自分の研磨で、本当に昂輝を、御堂ジュエリーを救うことができるのだろうか……。
強張る指先を、蒼乃はぎゅっと握りしめた。
*