似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
※優斗視点
「寝たのか? 俺が……本当に?」
翌朝。目をさますと、優斗は自室のベッドの上にいた。
身体がまだ眠っているような気だるさはあるが、頭はすっきりとしている。
熟睡した後の独特な感覚は、優斗にとって本当に久しぶりだった。
(昨夜は確か、夜中に美空が起きてきて……)
夜中の出来事を思い出すと、自然と口角が上がる。
「まさか本当にストレッチが効くなんてな」
優斗は満足そうに伸びをした。
***
優斗が夜眠れなくなったのは、研修医の頃だった。
初めての当直に緊張しながら仮眠室で待機していると、携帯が鳴り響いた。
一気に眠気が飛んでいき、急いで救急外来に向かう。
「十分後に胸痛で救急車が来ます。三十代男性。二十分前から持続する激しい胸痛。冷や汗、顔面蒼白。現場での心電図でII, III, aVFのST上昇を確認。……指導医の上野先生は?」
「仮眠室にはいませんでしたので、先に来ているのかと」
看護師が焦ったように優斗を見た。
「探してきて。さっきコールには出たのに……」
当てもなく放り出された優斗はとりあえず仮眠室に戻って、そこから上野を探し始めた。
(トイレか? それにしては遅い)
いくつかのトイレを回るが、見当たらない。優斗はだんだんと焦り始めていた。
(もう救急車が到着してしまう)
早足で辺りを見回しながら歩いていると、薄暗い廊下の椅子の上で誰かがうずくまっているのが見えた。
「っ……! 上野先生!?」
「優斗か? 悪い、一瞬立ちくらみがしただけだ。はは、寝不足かな」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫もなにも。急患が来るんだから、やるしかないだろ」
ふらふらと歩き出した上野を支えるようにして、救急外来へと向かう。
すでに到着していた患者を前にした上野は、もう体調不良には見えなかった。
「急性心筋梗塞だ。すぐにカテーテルの準備を。優斗もな」
「はい」
上野の診察は的確で、カテーテル治療も問題なく終えた。
――はずだった。
上野と共に処置室を出ると、そこには患者の家族が座り込んでいた。
男性と女性。年配な彼らは患者の両親らしかった。
「先生! 息子は、息子は無事ですか?」
「先ほど無事にカテーテル治療が終わり、詰まっていた血管に血液が流れるようになりました。今は血圧なども落ち着いています。ただ心臓の筋肉が一時的にダメージを受けている状態ですので、これから数日間は不整脈などの変化がないか注視する必要がありますね。入院の手続きはスタッフから……」
「おい!」
上野が穏やかに母親に説明をしていると、父親の方が急に怒鳴り声をあげた。
「入院ってどういうことだ! 手術失敗したのか?」
「いいえ。カテーテルを通す治療自体は問題なく完了しました。ただ……」
「じゃあなんで! お前が遅かったからじゃないのか! 先生が来ないって、そこにいたナースが言ってるのを聞いてるんだぞ!!」
彼は顔を真っ赤にして怒っている。ナースステーションの動揺を見ていたのかもしれない。
上野は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ですから……」
「お前がもっと早く来てくれれば良かったんじゃないのか!」
優斗は二人の間にサッと入ると「落ち着いてください」と父親に声をかけた。
「先生は最速で来てくださいましたし、出来る限りの処置を行いました。お二人も急なことで驚かれましたよね。今は息子さんのそばにいてあげてください。何か心配ごとがありましたら医師にでもスタッフにでも、何でも話してください」
落ち着いた声で父親に語りかけると、彼はトーンダウンして何度かうなずいた。
「詳しくはスタッフから説明がありますので、僕たちは失礼します」
上野の腕を引っ張ってその場から離れる。優斗の心臓はひどく高鳴っていた。
「すごい方でしたね」
落ち着こうと上野に声をかけると、彼は返事をすることなくフラフラと廊下の隅で膝をついた。
「悪い……げん、かい、だ。誰か……よ、呼んでくれ」
「先生? 上野先生! ……誰かっ!」
「優斗、さっき、……たすかったよ」
ズルズルと沈んでいく上野を抱えながら、優斗は人を呼ぶことしか出来なかった。
その後の記憶はひどく曖昧だ。
気がついたら上野は過労による入院が決まっていたし、優斗の指導医から外れていた。
『お前は無理すんなよ。ほら、寝てないと、こんな目に遭ってしまうからな』
お見舞いに行ったとき、上野はそう言って力なく笑っていた。
***
翌朝。目をさますと、優斗は自室のベッドの上にいた。
身体がまだ眠っているような気だるさはあるが、頭はすっきりとしている。
熟睡した後の独特な感覚は、優斗にとって本当に久しぶりだった。
(昨夜は確か、夜中に美空が起きてきて……)
夜中の出来事を思い出すと、自然と口角が上がる。
「まさか本当にストレッチが効くなんてな」
優斗は満足そうに伸びをした。
***
優斗が夜眠れなくなったのは、研修医の頃だった。
初めての当直に緊張しながら仮眠室で待機していると、携帯が鳴り響いた。
一気に眠気が飛んでいき、急いで救急外来に向かう。
「十分後に胸痛で救急車が来ます。三十代男性。二十分前から持続する激しい胸痛。冷や汗、顔面蒼白。現場での心電図でII, III, aVFのST上昇を確認。……指導医の上野先生は?」
「仮眠室にはいませんでしたので、先に来ているのかと」
看護師が焦ったように優斗を見た。
「探してきて。さっきコールには出たのに……」
当てもなく放り出された優斗はとりあえず仮眠室に戻って、そこから上野を探し始めた。
(トイレか? それにしては遅い)
いくつかのトイレを回るが、見当たらない。優斗はだんだんと焦り始めていた。
(もう救急車が到着してしまう)
早足で辺りを見回しながら歩いていると、薄暗い廊下の椅子の上で誰かがうずくまっているのが見えた。
「っ……! 上野先生!?」
「優斗か? 悪い、一瞬立ちくらみがしただけだ。はは、寝不足かな」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫もなにも。急患が来るんだから、やるしかないだろ」
ふらふらと歩き出した上野を支えるようにして、救急外来へと向かう。
すでに到着していた患者を前にした上野は、もう体調不良には見えなかった。
「急性心筋梗塞だ。すぐにカテーテルの準備を。優斗もな」
「はい」
上野の診察は的確で、カテーテル治療も問題なく終えた。
――はずだった。
上野と共に処置室を出ると、そこには患者の家族が座り込んでいた。
男性と女性。年配な彼らは患者の両親らしかった。
「先生! 息子は、息子は無事ですか?」
「先ほど無事にカテーテル治療が終わり、詰まっていた血管に血液が流れるようになりました。今は血圧なども落ち着いています。ただ心臓の筋肉が一時的にダメージを受けている状態ですので、これから数日間は不整脈などの変化がないか注視する必要がありますね。入院の手続きはスタッフから……」
「おい!」
上野が穏やかに母親に説明をしていると、父親の方が急に怒鳴り声をあげた。
「入院ってどういうことだ! 手術失敗したのか?」
「いいえ。カテーテルを通す治療自体は問題なく完了しました。ただ……」
「じゃあなんで! お前が遅かったからじゃないのか! 先生が来ないって、そこにいたナースが言ってるのを聞いてるんだぞ!!」
彼は顔を真っ赤にして怒っている。ナースステーションの動揺を見ていたのかもしれない。
上野は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ですから……」
「お前がもっと早く来てくれれば良かったんじゃないのか!」
優斗は二人の間にサッと入ると「落ち着いてください」と父親に声をかけた。
「先生は最速で来てくださいましたし、出来る限りの処置を行いました。お二人も急なことで驚かれましたよね。今は息子さんのそばにいてあげてください。何か心配ごとがありましたら医師にでもスタッフにでも、何でも話してください」
落ち着いた声で父親に語りかけると、彼はトーンダウンして何度かうなずいた。
「詳しくはスタッフから説明がありますので、僕たちは失礼します」
上野の腕を引っ張ってその場から離れる。優斗の心臓はひどく高鳴っていた。
「すごい方でしたね」
落ち着こうと上野に声をかけると、彼は返事をすることなくフラフラと廊下の隅で膝をついた。
「悪い……げん、かい、だ。誰か……よ、呼んでくれ」
「先生? 上野先生! ……誰かっ!」
「優斗、さっき、……たすかったよ」
ズルズルと沈んでいく上野を抱えながら、優斗は人を呼ぶことしか出来なかった。
その後の記憶はひどく曖昧だ。
気がついたら上野は過労による入院が決まっていたし、優斗の指導医から外れていた。
『お前は無理すんなよ。ほら、寝てないと、こんな目に遭ってしまうからな』
お見舞いに行ったとき、上野はそう言って力なく笑っていた。
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