似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
2近づく距離
 翌朝、美空は遠くから聞こえる扉の閉まる音で目を覚ました。
 ゆっくりと目を開けて時計を見ると、六時半を過ぎたところだった。

(優斗さん、もう出掛けたんだ)

 ゆっくりと深呼吸をしながらぐーっと伸びをする。
 いつもより身体が軽かった。

(昨夜、ストレッチしたからかな)

 もう一度伸びをしながら昨夜のことを思い出す。

 一緒にストレッチをしよう、などという意味不明な提案をした自分が、今更ながら恥ずかしい。

(でも……辛そうだったから)

 目の下の隈がひどいのは、定常的な不眠なのだろう。
 暗闇の中に立ち尽くしていた優斗を思うと、放っておけなかったのだ。
 それに――。

『夢見が悪いって言ってたけど大丈夫か?』

 自分だって眠れないのに、彼は美空を心配してくれた。その優しさが美空を突き動かしたのだ。

 洋介だったら、こちらのことは気にもかけないだろう。しかし、美空もそれが当然だと思っていた。
 パートナーの優しさを知らなかった美空にとって、優斗の対応は蜂蜜のように甘かった。



 ベッドから降りて、軽くストレッチをしてからキッチンへと向かう。
 水を飲もうとした時、奥のテーブルに紙が置かれていることに気がついた。

(なんだろう?)

 近づいてみると、それは優斗から美空に宛てられたものだった。

『昨夜はありがとう。よく眠れたよ』

 丁寧な文字で書かれた簡潔な言葉。優斗らしかった。

「よく眠れたんだ! 良かったあ。隈も薄くなったかな?」

 彼の微笑んだ表情が思い浮かぶ。目を細めた時のあの隈。あれが少しでも薄くなるなら、一緒にストレッチをした甲斐があるというものだ。

(身体を動かす系が効いたってことは、身体が緊張状態だったってことだよね。他にもなにか効くものあるかな?)

 美空は水を飲みながら、寝る前のリラックス方法について思案した。



 数日後。夕方までのシフトだった美空は、スーパーに寄ってから帰宅していた。

「よーし。今日は早く帰れたし、やりますか!」

 美空は気合いを入れてキッチンに立つ。
 この間とは違うたくさんの食材を前に、美空はうきうきとしていた。
 腕をまくると、早速料理に取りかかる。

 レシピを見ながらもくもくと作業していると、ここ数日の疲労が消えていくようだ。

(最近は、身体の疲労より気疲れよね……)

 先日スタッフ達の前で洋介と口論したことで、美空はますます腫れ物のようになっていた。
 後藤の発言のおかげか、女性スタッフ達は、少し親しげに話してくれるようになったけれど、それでも肩身は狭いままだった。

 けれどそんなモヤモヤとした気持ちも、料理をしていると気にならなくなっていく。

(今日は新レシピに挑戦するんだから、つまらない事は考えるのやめよ)

 広々としたキッチンにも慣れてきた美空は、何品も同時に仕上げていく。
 もうすぐで出来上がるという頃、玄関の扉が開く音がした。

「ただいま」

 優斗が帰ってきた。
 仕事終わりにこうしてきちんと顔を合わせるのは、一緒に暮らしてから初めてのことだった。

「おかえりなさい」

 発した言葉は、どこか気恥ずかしい。
 美空は視線を泳がせながら料理を指差した。

「今ちょうど夕飯を作っていたところなんです。たくさんあるので優斗さんも一緒にどうですか?」

 美空が誘うと、優斗は驚いたように美空をまじまじと見た。

「いいのか? 家事をさせるつもりはなかったんだけど」
「一人で食べるより美味しいじゃないですか。……なんて、この前褒めてもらって調子に乗っただけなんですけど。たくさん作ったんで、良かったら食べてください」

 美空が照れ笑いしながら答えると、優斗は嬉しそうに頷いた。

「じゃあ、お言葉に甘えようか」



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