愛とか恋とかウザいので

4・そんな結婚理由もありですか?

 日曜日の仁美の結婚式当日。
 披露宴会場となるレストランが入っているホテルのラウンジで時間を潰していた萌依は、左手首に捲かれた腕時計で時刻を確認する。
 時刻は十二時半を少し過ぎたところで、十三時から開催される披露宴までまだ少し時間がある。
 あまり早く会場入りして、亨介たちに遭遇しても面倒なので、ホテルの上階にあるラウンジで時間を潰しているのだけど、こうやってのんびりしているとどうしても蒼弥のことを考えてしまう。
 カリスマとしか言いようにない存在感で会社を牽引してきた蒼弥に契約結婚を提案されたのは、数日前。
 蒼弥の方は、お互い恋愛に興味がないので丁度いいと思ったようだが、萌依としては、例え契約結婚でも、自分なんかが彼の妻になるなんてあり得ない。
 だからその場断ったのだけど、蒼弥は納得せず、まずはプライベートな時間を一緒に過ごそうと提案し、してくれず、昨日は萌依のドレスを選ぶ手伝いをしてくれた。
 彼が案内してくれたセレクトショップで、蒼弥が選んでくれたドレスに着替えると、店のオーナーを名乗る女性がアクセサリーを選ぶのを手伝ってくれて、ついでにメイクのアドバイスもしてくれた。
 そうやってふたりの手を借りて萌依が今日の衣装を決めると、蒼弥は、もう一つ彼が勧めていたドレスとそれに合わせたアクセサリーも纏めて支払いをしてくれた。
 もちろん萌依は自分で支払うと言ったのだけれど、蒼弥は女性にお金を出させる習慣はないといって譲らず、最後は萌依が折れた。
 とにかく彼のおかげで、今日の萌依は、シンプルなレディーススーツで髪を一纏めにして黒縁眼鏡という、いつもの自分とは全く異なっている。
 最初は自分なんかに似合わないと思っていた華やかなドレスも、眼鏡をコンタクトに変えてメイクも工夫したことで、それなりになるから不思議だ。

(そう思えるのは、この腕時計のおかげもあるんだよね)

 萌依は先ほど時刻を確認した腕時計に、再度視線を向けた。
 そこには、ハルモニアの女性向けの腕時計が捲かれている。
 昨日、『後でこのドレスを着こなす秘訣を教えてやるから安心しろ』と話していた蒼弥は、買い物が終わると、せっかくだからと購入したドレス姿のままで萌依を食事に連れだし、その秘策を授けてくれた。
 蒼弥の言葉を借りるなら、本当の美しさは、内側から滲み出るもので、それは着飾ったりメイクしたりすることでごまかせるようなものではないのだという。
 人のずるさや、卑屈さは、どれだけ繕っても表情などに出てしまい、それが人としての魅力を欠けさせてしまうのだと。
 だから逆を言えば、オフィスで見かける萌依は、自分の仕事に誇りを持つ者特有の魅力に溢れているので、ドレスに着替えてもその気持ちを忘れなければ大丈夫だと蒼弥は言ってくれた。
 確かに職場での萌依は、周囲の評価など気にせず、真摯に仕事と向き合っている。
 蒼弥がその頑張りを評価してくれているのだと思うと、自然とも自信が湧いてくるから不思議だ。
 するとやはり表情にもそれが現れるのか、それでいいとうれしそうに頷いた蒼弥は、仕上げのおまじないとして、萌依の左手首にこの腕時計を捲いた。
 ハルモニア商品中でもハイクラスなものであることを知る萌依は、高価な贈り物に慌てたのだけど、蒼弥は『萌依のこれまでの人生には、にはこれを贈られるだけの価値がある』『ハルモニア商品の宣伝もかねて、これを付けて胸を張って出席してこい』と萌依の背中を押してくれた。
 蒼弥の言動は公私混同とも受け取れるけれど、萌依には彼の場合、公私の区別なく人生の全てをフラットに楽しんでいるのだとわかる。
 全力で人生を楽しむ勢いそのままに契約結婚を提案されているのは困りものだが、蒼弥の生き方に敬意を払っているからこそ、彼に自分の生き方を肯定されたことで勇気が湧く。

「ハルモニアの社長秘書として、自分を誇ろう」

 右手で左手首の時計を包んで萌依は呟く。
 今の職は、失恋して落ちぶれた結果のものではなく、辛いことがあってもいじけずに努力して掴み取ったものなのだ。
 だから胸を張って亨介たちと対峙しよう。
 萌依はそう気持ちを改めて、会場に向かうことにした。
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