愛とか恋とかウザいので
仁美の披露宴は、ホテル一階にあるレストランを貸し切って開催される。
天気のいい今日は、庭も自由に使っていいとのことで、萌依が受付を済ませる頃には、招待客の何人かは外でお喋りしているのが見えた。
「朝比奈さん?」
会場に入るなり聞こえてきた女性の声に、萌依は肩を跳ねさせた。でも声のした方を見て、すぐに表情を綻ばせる。
どこか緊張した女性の声で名前を呼ばれて、眞希子かと思い警戒したが、声の主は十和企興時代に仲良くしていた同僚の女性だった。
「今田さん、お久しぶり」
萌依が挨拶を返すと、『今田』と呼ばれた女性は、満面の笑顔でこちらへと駆けてくる。
「やっぱりそうだよね。すごく綺麗になっているから、一瞬、自信が持てなくて」
先ほどの彼女の声がぎこちなかったのは、萌依の雰囲気が記憶にあるものと大きく違っていたかららしい。
「仁美の結婚式だから、頑張ってお洒落してきたの。普段はもっと地味な格好で、眼鏡だよ」
普段の自分を恥じている訳でもないので、ありのままを言葉にする。
今田も「そうらしいね」と、軽い調子で受け流す。
先日の悪意に満ちた亨介の態度が特別だっただけで、普通はこんなものだ。それがわかると、肩の力が抜ける。
「確かにドレスも素敵だけど、なんていうか、表情が明るくて……自信に満ちているって言うのかな? 存在が輝いているみたいに見えるよ」
今田はそう言うけど、さすがにそれは大袈裟すぎる。
「まさか」
萌依ははにかんで否定したけど、今田は譲らない。
「ホントだって。そういえば、今はハルモニアの社長秘書なんでしょ?」
「うん。おかげさまで」
「すごいよね! 会社辞めた時は色々心配したけど、転職して正解だったね」
今田とそんな話しをしていると、彼女の肩越しに、こちらに険しい眼差しを向ける人がいることに気付いた。
(館野さんと加茂さん……)
明るい色の髪を綺麗にカールさせ、完璧と言っていい見事なメイクと、艶やかな紅のドレスを着る女性は、現在の亨介の恋人である眞希子だ。
不機嫌を隠さない表情でこちらを睨む眞希子の姿に、〝本当の美しさは、内側から滲み出る〟と話していた蒼弥の言葉の意味がわかった気がする。
それは、眞希子の隣立亨介にも言えることだ。
眞希子たちがこちらを見ていることに気付かない今田は、萌依の左手を持って声を弾ませる。
「これ、ハルモニアの腕時計でしょ。しかも一番グレード高いやつだ」
「う、うん」
「すごい。上品で綺麗」
今田は萌依の左手を高く掲げると、宝石の輝きを楽しむように角度を変えて、うっとり目を細めた。
「ありがとう」
こんなふうに騒がれるのは恥ずかしいけど、ハルモニアの商品を褒めてもらえるのはうれしい。
お礼を言って眞希子に視線を戻すと、彼女はプイッと顔を背けてどこかに行ってしまった。
どんなひどいことを言われるかと身構えていた萌依が拍子抜けしていると、亨介は慌てて眞希子の背中を追いかけていく。
どうやら咄嗟には、今の萌依に投げかける嫌味が思いつかなかったらしい。
(よかった。早瀬社長のおかげだ)
萌依がそっと胸を撫で下ろしていると、他の顔見知りも声をかけてきた。
その誰もが萌依が綺麗になったと褒めてくれた。
それは本日の主役である仁美も同じで、新郎の淳と共に入場して彼女は、萌依の顔を見るなり大絶賛してくれた。
新郎新婦だけは専用のテーブル席が用意されているが、他の人は自由な場所での飲食する形式のため、最初の乾杯をして、お祝いの思いを新郎新婦に伝えると、自然と気心の知れた人たちで集まってのお喋りが始まる。
萌依も、十和企興時代に仲良くしていた人たちとの再会を楽しんでいた。
「朝比奈さんは、本当に会社を辞めて正解だったよ。朝比奈さんが仕事を辞めた後も、館野さんのワガママひどいんだよ。加茂さんも調子がいいだけで、無責任だし」
庭に出てお互いの近況報告が一通り終わると、誰かがそう口にしたのを切っ掛けに、亨介と眞希子のことに話題が移っていく。
亨介は確かに営業成績はいいが、仕事の進め方が強引だし、問題が起きると責任を他人に押しつけて知らん顔をする。重役の娘である眞希子は、周囲が文句を言えないのをいいことに、好き放題にしているのだというといった話を聞かされ、萌依としてはなんとも言えない気分にさせられる。
「嫌な話をしてごめんなさいね。朝比奈さんが辞めてから、特に館野さんの荒れ方がひどくて、皆ストレスが溜まっているのよ」
萌依の表情に気付いた今田が、申し訳なさそうにする。
「そうなんですか?」
萌依が不思議そうにすると、今田が言う。
「館野さんは、朝比奈さんが退職すれば、自分が秘書課に異動になると思い込んでいたのよ。だけど、そんなの無理に決まっているじゃない。館野さんが全然仕事できないもの」
それを聞いた他の十和企興社員も、大きく頷いて言う。
「そうなのよ。本人だけはそれに納得していなくて、イライラしっぱなしで、加茂さんも機嫌取るのが大変みたいよ」
「加茂さんが?」
どういうことかと萌依が不思議そうにしていると、十和企興社員が口を挟む。
「もともと館野さんが加茂さんを口説いたのって、朝比奈さんへの嫌がらせみたいなものだったじゃない。加茂さんはそれがわかってなくて、常務の娘と付き合えば、自分の出世に繋がると思っているから、彼女の機嫌を取るのに必死なのよ」
その言葉の尻馬に乗るように、「本気で相手にされてないって、いい加減気付けばいいのにね」と、他の誰かが言う。
「館野さんにしたって、自分が常務の娘だからチヤホヤされているだけだって、理解していないのよね」
その話しに萌依は、先ほどのふたりの姿を思い出す。
着飾った萌依を見つけて険しい表情でその場を立ち去った眞希子と、慌ててその後を追いかける亨介。
もしそれが本当なら、あのふたりの関係は、恋人と呼ぶにはかなり歪なものだ。
(とはいえ、もう私には関係のない話だけど)
「そんなことより……」
萌依が話題を切り替えようとした時、背後から誰かに強く肩を引かれた。
肩を引かれた反動で顔が後ろを向くと、そこに怒りに顔を染めた亨介の姿があった。
天気のいい今日は、庭も自由に使っていいとのことで、萌依が受付を済ませる頃には、招待客の何人かは外でお喋りしているのが見えた。
「朝比奈さん?」
会場に入るなり聞こえてきた女性の声に、萌依は肩を跳ねさせた。でも声のした方を見て、すぐに表情を綻ばせる。
どこか緊張した女性の声で名前を呼ばれて、眞希子かと思い警戒したが、声の主は十和企興時代に仲良くしていた同僚の女性だった。
「今田さん、お久しぶり」
萌依が挨拶を返すと、『今田』と呼ばれた女性は、満面の笑顔でこちらへと駆けてくる。
「やっぱりそうだよね。すごく綺麗になっているから、一瞬、自信が持てなくて」
先ほどの彼女の声がぎこちなかったのは、萌依の雰囲気が記憶にあるものと大きく違っていたかららしい。
「仁美の結婚式だから、頑張ってお洒落してきたの。普段はもっと地味な格好で、眼鏡だよ」
普段の自分を恥じている訳でもないので、ありのままを言葉にする。
今田も「そうらしいね」と、軽い調子で受け流す。
先日の悪意に満ちた亨介の態度が特別だっただけで、普通はこんなものだ。それがわかると、肩の力が抜ける。
「確かにドレスも素敵だけど、なんていうか、表情が明るくて……自信に満ちているって言うのかな? 存在が輝いているみたいに見えるよ」
今田はそう言うけど、さすがにそれは大袈裟すぎる。
「まさか」
萌依ははにかんで否定したけど、今田は譲らない。
「ホントだって。そういえば、今はハルモニアの社長秘書なんでしょ?」
「うん。おかげさまで」
「すごいよね! 会社辞めた時は色々心配したけど、転職して正解だったね」
今田とそんな話しをしていると、彼女の肩越しに、こちらに険しい眼差しを向ける人がいることに気付いた。
(館野さんと加茂さん……)
明るい色の髪を綺麗にカールさせ、完璧と言っていい見事なメイクと、艶やかな紅のドレスを着る女性は、現在の亨介の恋人である眞希子だ。
不機嫌を隠さない表情でこちらを睨む眞希子の姿に、〝本当の美しさは、内側から滲み出る〟と話していた蒼弥の言葉の意味がわかった気がする。
それは、眞希子の隣立亨介にも言えることだ。
眞希子たちがこちらを見ていることに気付かない今田は、萌依の左手を持って声を弾ませる。
「これ、ハルモニアの腕時計でしょ。しかも一番グレード高いやつだ」
「う、うん」
「すごい。上品で綺麗」
今田は萌依の左手を高く掲げると、宝石の輝きを楽しむように角度を変えて、うっとり目を細めた。
「ありがとう」
こんなふうに騒がれるのは恥ずかしいけど、ハルモニアの商品を褒めてもらえるのはうれしい。
お礼を言って眞希子に視線を戻すと、彼女はプイッと顔を背けてどこかに行ってしまった。
どんなひどいことを言われるかと身構えていた萌依が拍子抜けしていると、亨介は慌てて眞希子の背中を追いかけていく。
どうやら咄嗟には、今の萌依に投げかける嫌味が思いつかなかったらしい。
(よかった。早瀬社長のおかげだ)
萌依がそっと胸を撫で下ろしていると、他の顔見知りも声をかけてきた。
その誰もが萌依が綺麗になったと褒めてくれた。
それは本日の主役である仁美も同じで、新郎の淳と共に入場して彼女は、萌依の顔を見るなり大絶賛してくれた。
新郎新婦だけは専用のテーブル席が用意されているが、他の人は自由な場所での飲食する形式のため、最初の乾杯をして、お祝いの思いを新郎新婦に伝えると、自然と気心の知れた人たちで集まってのお喋りが始まる。
萌依も、十和企興時代に仲良くしていた人たちとの再会を楽しんでいた。
「朝比奈さんは、本当に会社を辞めて正解だったよ。朝比奈さんが仕事を辞めた後も、館野さんのワガママひどいんだよ。加茂さんも調子がいいだけで、無責任だし」
庭に出てお互いの近況報告が一通り終わると、誰かがそう口にしたのを切っ掛けに、亨介と眞希子のことに話題が移っていく。
亨介は確かに営業成績はいいが、仕事の進め方が強引だし、問題が起きると責任を他人に押しつけて知らん顔をする。重役の娘である眞希子は、周囲が文句を言えないのをいいことに、好き放題にしているのだというといった話を聞かされ、萌依としてはなんとも言えない気分にさせられる。
「嫌な話をしてごめんなさいね。朝比奈さんが辞めてから、特に館野さんの荒れ方がひどくて、皆ストレスが溜まっているのよ」
萌依の表情に気付いた今田が、申し訳なさそうにする。
「そうなんですか?」
萌依が不思議そうにすると、今田が言う。
「館野さんは、朝比奈さんが退職すれば、自分が秘書課に異動になると思い込んでいたのよ。だけど、そんなの無理に決まっているじゃない。館野さんが全然仕事できないもの」
それを聞いた他の十和企興社員も、大きく頷いて言う。
「そうなのよ。本人だけはそれに納得していなくて、イライラしっぱなしで、加茂さんも機嫌取るのが大変みたいよ」
「加茂さんが?」
どういうことかと萌依が不思議そうにしていると、十和企興社員が口を挟む。
「もともと館野さんが加茂さんを口説いたのって、朝比奈さんへの嫌がらせみたいなものだったじゃない。加茂さんはそれがわかってなくて、常務の娘と付き合えば、自分の出世に繋がると思っているから、彼女の機嫌を取るのに必死なのよ」
その言葉の尻馬に乗るように、「本気で相手にされてないって、いい加減気付けばいいのにね」と、他の誰かが言う。
「館野さんにしたって、自分が常務の娘だからチヤホヤされているだけだって、理解していないのよね」
その話しに萌依は、先ほどのふたりの姿を思い出す。
着飾った萌依を見つけて険しい表情でその場を立ち去った眞希子と、慌ててその後を追いかける亨介。
もしそれが本当なら、あのふたりの関係は、恋人と呼ぶにはかなり歪なものだ。
(とはいえ、もう私には関係のない話だけど)
「そんなことより……」
萌依が話題を切り替えようとした時、背後から誰かに強く肩を引かれた。
肩を引かれた反動で顔が後ろを向くと、そこに怒りに顔を染めた亨介の姿があった。