愛とか恋とかウザいので
11・正直に生きるために
情報漏洩の騒動から三日、蒼弥はひとりで十和企興を訪れていた。
メールの件があった翌日から、企画に関わっていた企業を順に回り、メールが悪意ある嫌がらせであることの説明と共に、情報流出による企画内容の変更についての打ち合わせをしている。
萌依は自分も同行したいと言ったがが、彼女には、有休消化を兼ねて自宅謹慎をしてもらっている。
その理由として、重之の感情を逆なでして自体を悪化させないためと説明してあるが、蒼弥としては被害者である萌依に、謝罪などさせるつもりはない。
とはいえ訪問した先での、萌依に対する認識は、勝手に名前を使われただけの被害者というのが基本で、彼女のことを悪く言う者はいなかった。
ただそれでも、この企画に関わっている者の中に情報漏洩した者がいるは確かなので、メールの送信者が誰であるかという不愉快な疑問は残る。
そのため誰もがどこかぎこちないが、それでも来週にはハルモニア百周年の式典が開かれるのだ、どうにかして足並みを揃えていかなくてはならない。
同時に蒼弥は、萌依との未来のためにこの事件を早期解決する必要がある。
「ウチへの説明が、ずいぶん遅いんじゃないですか?」
十和企興の会議室で、形式的な挨拶が終わるなりやんわりと不満を訴えるのは、館野常務だ。
彼の隣には、今回のリーフレットの作成を一任されている亨介の姿もある。
どうにか感情を押し殺している館野常務と違い、亨介は、露骨に不機嫌そうだ。
事件発覚から数日が過ぎるまで一言も状況説明をせず、十和企興への説明と訪問を後回しにしたことが不満らしい。
それこそこちらが望んだ状況と、蒼弥は内心ほくそ笑む。
「申し訳ありません。色々調整すべきことがあったために、優先度の低い企業への訪問は、どうしても後回しなってしまうんです」
軽い口調で蒼弥が詫びる。
「なっ!」
長机を挟んで話す亨介が、軽く腰を浮かす。
蒼弥は、唇の端に挑戦的な笑みを浮かべて、そのまま挑発的な発言を続ける。
「結果、十和企興さんが最後の立ち寄り先になりました」
館野常務と亨介が、声をつまらせる。
もちろん普段の蒼弥なら、仕事相手にこんな失礼なもの言いはしない。この失礼な態度は、思惑があってのことだ。
手元にある情報を参考に犯人を絞っていくと、どうしての十和企興の面々が怪しくなる。
すでにメール送信者の情報開示請求はしているが、時間がかかるし、もし相手が海外のサーバーを複数利用していると追跡が困難になる場合もある。
突き止めたところで、相手がのらりくらりと言い訳をすれば、時間を無駄に消費することになるので厄介だ。
そのため、こちらから相手を挑発して、その反応を見極めたうえで、今後の対応を決めたい。
愚かな人間ほど、怒りを沈黙に変えるのが下手というのは、蒼弥の持論だ。
とくに館野常務や亨介のように自己顕示欲が強いタイプの人間は、プライドを傷付けられれば、黙ってはいられないだろう。
「はぁ? ウチは、本来なら断るようなケチな仕事を受けてやってるんだぞ。ハルモニアの社長だからって、調子に乗るなよ」
蒼弥の読みどおり、亨介が感情的に声を荒らげる。
「受けてやっている?」
蒼弥が冷めた声で亨介の言葉をなぞると、ハッとした館野常務が、「おいっ」と低い声で亨介を窘める。
それで多少は冷静さを取り戻したのか、亨介は、慌てて口をつぐんで椅子に座りなおした。
「ウチの加茂が失礼いたしました」
館野常務は、わざとらしく咳払いをすると、蒼弥に媚びるような眼差しを向ける。
「ただ加茂は、弊社の実力をもってすれば、もっとハルモニアさんにご協力できるこという自負があるだけに、責任のある仕事を任せてもらえないことを口惜しく思っているんです」
さっきの敵意剥き出しな態度のどこに、そんな意図が含まれているというのか。
館野常務は、そのまま愛想笑いを浮かべて、ここぞとばかりに恩着せがましく話しかけてくる。
「弊社は、以前よりミツセ氏との繋がりがあります。もし今回の件で彼の不興をかいお困りのようでしたら、私が間に入りましょうか?」
「いえ。お気遣いは無用です。現在彼は仕事でイギリスに滞在していますが、戻り次第、会って状況説明する約束になっていますので」
蒼弥の言葉に、館野常務はあからさまにガッカリする。
「そうですか、ですが話しを聞けば、そちらの朝比奈さんも、もとはウチの社員だったそうじゃないですか。それもなにかの縁でしょうから……」
それでもまだ起死回生のチャンスを探しているのだろう。
萌依の名前まで出して話を続けようとする。
十和企興は大きな企業なので無理はないが、今回の件があって初めて、萌依がもとは社員であったことを知ったらしい。
憮然としている亨介と違い、館野常務は蒼弥の機嫌を取って、どうにか次の仕事に繋げたいらしい。
十和企興に勤務する仁美という萌依の友人の話しによれば、館野常務は、自分だからハルモニアの仕事を取ることが出来たと散々大きな顔をしていたが、いざ蓋を開けてみれば雑用程度の内容しか任されず、社内でいい笑い者になっているそうだ。
もちろんそこには、これまでの館野常務の傲慢な態度に、周囲が不満を募らせていたという背景があるのだけれど。
とにかくその状況からどうにか抜け出すために、なりふり構っていられないのだろう。
館野常務が、ハルモニアからの受注内容に腹を立て、嫌がらせに萌依の名前を使ってメールを送信したという可能も考えていたのだが、違うようだ。
それは亨介にもいえることで、蒼弥に強い憤りを向けるばかりで、メール送信者が萌依の名前を騙ったことに一度も触れてこないところを見ると、その件とは無関係なのだろう。
(ということは、他に可能性があるのは……)
蒼弥が消去法でとある人物の顔を思い浮かべたとき、ノックの音が響いて、会議室のドアが開いた。
「お茶をお持ちしました」
甘ったるい声と共に部屋に入ってきたのは、館野常務の娘である眞希子だ。
トレイに人数分のペットボトルを載せた眞希子が蒼弥に向ける眼差しは、ひどく熱っぽく、恋する乙女のそれといった感じだ。
「早瀬社長、大丈夫ですか? 朝比奈のせいで、大変な目に遭っていると聞きました。彼女が早瀬社長の側にいると、いつかこういう問題を起こすと思っていたんです」
自分の予想が当たったと胸を張る眞希子だが、萌依の名前を口にした瞬間、瞳に強い憎しみの色が浮かんだのを蒼弥は見逃さなかった。
(なるほど……)
なかば予想通りの答えに、蒼弥はひとりで納得して、館野常務に問いかける。
「御社でが、庶務の方がお茶出しをされるんですか?」
「あ、いえ、普段はそんなことないのですが、娘も早瀬社長にご挨拶したかっんだと思います。娘なりに、早瀬社長のことを心配し、自分になにかできることはないかと、私に言ってきたぐらいですから」
あたふたと言い訳するし館野常務の隣では、亨介がわかりやすくイラついている。
これも仁美から聞いた話だが、最近の亨介と眞希子は、眞希子の気持ちが完全に彼から離れていて、亨介ひとり空回りしているそうだ。
常務の娘に言い寄られ、舞い上がった亨介には気の毒だが、もとも眞希子が彼にちょっかいをかけたのは、萌依への対抗心からだ。
萌依が亨介に未練を抱いてない以上、彼をキープしておくことになんの意味もない。
「なるほど」
素早く状況を理解した蒼弥は、小さく呟いて立ち上がる。
「早瀬社長、お茶を……」
眞希子は慌ててテーブルにトレイを置き、ペットボトルを一つ手にして蒼弥に差し出していきた。
「結構だ」
蒼弥のつれない態度に、眞希子は、頬が痙攣するほど強く奥歯を噛みしめた。
きっと眞希子の頭の中では、萌依がいなければ、自分への蒼弥の反応が違ってくるはずという、身勝手な幻想ができあがっていたのだろう。
そして想像どおりにことが運ばないのは、萌依のせいだとでも思っているのだろうか……。
(ひとまず、ほしい情報はおおむね手に入った)
「ご報告はさせていただきましたし、必要があれば、追って連絡します。ですから今は各々、自分がなすべき仕事をしていただければと思います」
その全てを苛立たしく思いつつ、蒼弥は荒ぶる自分の感情をどうにか宥めて、十和企興を後にした。
メールの件があった翌日から、企画に関わっていた企業を順に回り、メールが悪意ある嫌がらせであることの説明と共に、情報流出による企画内容の変更についての打ち合わせをしている。
萌依は自分も同行したいと言ったがが、彼女には、有休消化を兼ねて自宅謹慎をしてもらっている。
その理由として、重之の感情を逆なでして自体を悪化させないためと説明してあるが、蒼弥としては被害者である萌依に、謝罪などさせるつもりはない。
とはいえ訪問した先での、萌依に対する認識は、勝手に名前を使われただけの被害者というのが基本で、彼女のことを悪く言う者はいなかった。
ただそれでも、この企画に関わっている者の中に情報漏洩した者がいるは確かなので、メールの送信者が誰であるかという不愉快な疑問は残る。
そのため誰もがどこかぎこちないが、それでも来週にはハルモニア百周年の式典が開かれるのだ、どうにかして足並みを揃えていかなくてはならない。
同時に蒼弥は、萌依との未来のためにこの事件を早期解決する必要がある。
「ウチへの説明が、ずいぶん遅いんじゃないですか?」
十和企興の会議室で、形式的な挨拶が終わるなりやんわりと不満を訴えるのは、館野常務だ。
彼の隣には、今回のリーフレットの作成を一任されている亨介の姿もある。
どうにか感情を押し殺している館野常務と違い、亨介は、露骨に不機嫌そうだ。
事件発覚から数日が過ぎるまで一言も状況説明をせず、十和企興への説明と訪問を後回しにしたことが不満らしい。
それこそこちらが望んだ状況と、蒼弥は内心ほくそ笑む。
「申し訳ありません。色々調整すべきことがあったために、優先度の低い企業への訪問は、どうしても後回しなってしまうんです」
軽い口調で蒼弥が詫びる。
「なっ!」
長机を挟んで話す亨介が、軽く腰を浮かす。
蒼弥は、唇の端に挑戦的な笑みを浮かべて、そのまま挑発的な発言を続ける。
「結果、十和企興さんが最後の立ち寄り先になりました」
館野常務と亨介が、声をつまらせる。
もちろん普段の蒼弥なら、仕事相手にこんな失礼なもの言いはしない。この失礼な態度は、思惑があってのことだ。
手元にある情報を参考に犯人を絞っていくと、どうしての十和企興の面々が怪しくなる。
すでにメール送信者の情報開示請求はしているが、時間がかかるし、もし相手が海外のサーバーを複数利用していると追跡が困難になる場合もある。
突き止めたところで、相手がのらりくらりと言い訳をすれば、時間を無駄に消費することになるので厄介だ。
そのため、こちらから相手を挑発して、その反応を見極めたうえで、今後の対応を決めたい。
愚かな人間ほど、怒りを沈黙に変えるのが下手というのは、蒼弥の持論だ。
とくに館野常務や亨介のように自己顕示欲が強いタイプの人間は、プライドを傷付けられれば、黙ってはいられないだろう。
「はぁ? ウチは、本来なら断るようなケチな仕事を受けてやってるんだぞ。ハルモニアの社長だからって、調子に乗るなよ」
蒼弥の読みどおり、亨介が感情的に声を荒らげる。
「受けてやっている?」
蒼弥が冷めた声で亨介の言葉をなぞると、ハッとした館野常務が、「おいっ」と低い声で亨介を窘める。
それで多少は冷静さを取り戻したのか、亨介は、慌てて口をつぐんで椅子に座りなおした。
「ウチの加茂が失礼いたしました」
館野常務は、わざとらしく咳払いをすると、蒼弥に媚びるような眼差しを向ける。
「ただ加茂は、弊社の実力をもってすれば、もっとハルモニアさんにご協力できるこという自負があるだけに、責任のある仕事を任せてもらえないことを口惜しく思っているんです」
さっきの敵意剥き出しな態度のどこに、そんな意図が含まれているというのか。
館野常務は、そのまま愛想笑いを浮かべて、ここぞとばかりに恩着せがましく話しかけてくる。
「弊社は、以前よりミツセ氏との繋がりがあります。もし今回の件で彼の不興をかいお困りのようでしたら、私が間に入りましょうか?」
「いえ。お気遣いは無用です。現在彼は仕事でイギリスに滞在していますが、戻り次第、会って状況説明する約束になっていますので」
蒼弥の言葉に、館野常務はあからさまにガッカリする。
「そうですか、ですが話しを聞けば、そちらの朝比奈さんも、もとはウチの社員だったそうじゃないですか。それもなにかの縁でしょうから……」
それでもまだ起死回生のチャンスを探しているのだろう。
萌依の名前まで出して話を続けようとする。
十和企興は大きな企業なので無理はないが、今回の件があって初めて、萌依がもとは社員であったことを知ったらしい。
憮然としている亨介と違い、館野常務は蒼弥の機嫌を取って、どうにか次の仕事に繋げたいらしい。
十和企興に勤務する仁美という萌依の友人の話しによれば、館野常務は、自分だからハルモニアの仕事を取ることが出来たと散々大きな顔をしていたが、いざ蓋を開けてみれば雑用程度の内容しか任されず、社内でいい笑い者になっているそうだ。
もちろんそこには、これまでの館野常務の傲慢な態度に、周囲が不満を募らせていたという背景があるのだけれど。
とにかくその状況からどうにか抜け出すために、なりふり構っていられないのだろう。
館野常務が、ハルモニアからの受注内容に腹を立て、嫌がらせに萌依の名前を使ってメールを送信したという可能も考えていたのだが、違うようだ。
それは亨介にもいえることで、蒼弥に強い憤りを向けるばかりで、メール送信者が萌依の名前を騙ったことに一度も触れてこないところを見ると、その件とは無関係なのだろう。
(ということは、他に可能性があるのは……)
蒼弥が消去法でとある人物の顔を思い浮かべたとき、ノックの音が響いて、会議室のドアが開いた。
「お茶をお持ちしました」
甘ったるい声と共に部屋に入ってきたのは、館野常務の娘である眞希子だ。
トレイに人数分のペットボトルを載せた眞希子が蒼弥に向ける眼差しは、ひどく熱っぽく、恋する乙女のそれといった感じだ。
「早瀬社長、大丈夫ですか? 朝比奈のせいで、大変な目に遭っていると聞きました。彼女が早瀬社長の側にいると、いつかこういう問題を起こすと思っていたんです」
自分の予想が当たったと胸を張る眞希子だが、萌依の名前を口にした瞬間、瞳に強い憎しみの色が浮かんだのを蒼弥は見逃さなかった。
(なるほど……)
なかば予想通りの答えに、蒼弥はひとりで納得して、館野常務に問いかける。
「御社でが、庶務の方がお茶出しをされるんですか?」
「あ、いえ、普段はそんなことないのですが、娘も早瀬社長にご挨拶したかっんだと思います。娘なりに、早瀬社長のことを心配し、自分になにかできることはないかと、私に言ってきたぐらいですから」
あたふたと言い訳するし館野常務の隣では、亨介がわかりやすくイラついている。
これも仁美から聞いた話だが、最近の亨介と眞希子は、眞希子の気持ちが完全に彼から離れていて、亨介ひとり空回りしているそうだ。
常務の娘に言い寄られ、舞い上がった亨介には気の毒だが、もとも眞希子が彼にちょっかいをかけたのは、萌依への対抗心からだ。
萌依が亨介に未練を抱いてない以上、彼をキープしておくことになんの意味もない。
「なるほど」
素早く状況を理解した蒼弥は、小さく呟いて立ち上がる。
「早瀬社長、お茶を……」
眞希子は慌ててテーブルにトレイを置き、ペットボトルを一つ手にして蒼弥に差し出していきた。
「結構だ」
蒼弥のつれない態度に、眞希子は、頬が痙攣するほど強く奥歯を噛みしめた。
きっと眞希子の頭の中では、萌依がいなければ、自分への蒼弥の反応が違ってくるはずという、身勝手な幻想ができあがっていたのだろう。
そして想像どおりにことが運ばないのは、萌依のせいだとでも思っているのだろうか……。
(ひとまず、ほしい情報はおおむね手に入った)
「ご報告はさせていただきましたし、必要があれば、追って連絡します。ですから今は各々、自分がなすべき仕事をしていただければと思います」
その全てを苛立たしく思いつつ、蒼弥は荒ぶる自分の感情をどうにか宥めて、十和企興を後にした。