愛とか恋とかウザいので

2・例えばそんなプロポーズ

 次の日の昼休み、萌依はスマホに文字を打ちこんでは、難しい顔で画面をスクロールさせていた。

(とりあえず、仁美に迷惑をかけないために、服装をどうにかしなきゃ)

 そう思い、〝結婚式〟〝お洒落〟〝可愛い〟といったキーワードを入力して検索するを繰り返す。
 同時に、頭の片隅では昨日の仁美との会話を思い出していた。

  ***

 昨日の仕事帰り、萌依は仁美と待ち合わせの約束をした和風居酒屋に向かった。
 ゆっくり話したいからと、仁美が個室を予約してくれていたのだけれど、萌依が中に入るなり、先に到着していた仁美はテーブルに手をついてガバリと頭を下げた。

「萌依、本当にごめん」

 掘りごたつ式の席でなければ土下座をしそうな仁美の勢いに面食らいつつ、萌依は向かいの席に腰を下ろした。

「いったい、なにがあったの? しかも今更、加茂さんのことで……って」

 既に関係が終わっている元カレのことを、名前で呼ぶ気にはなれない。
 萌依に問いかけられて、仁美は今にも泣き出しそうな表情になる。

「実は、加茂さんに、萌依がハルモニアで社長秘書をしているって話しちゃったの」

「えっ!」

 過去を断ち切るために転職したので、仁美にしか現在の職場を伝えていない。それまでの経緯を知っている仁美も、誰にも話さずにいてくれたはずなのに……。
 とりあえず飲み物や食事を頼んで、仁美は、順序だてその経緯を話てくれた。
 ことの始まりは、十和企興の誰かが、オフィス街で萌依を見かけたと話したのが始まりだったという。

「十和企興を辞めた後の萌依って、ファッションとかがすごく変わったじゃない」

 仁美は、自分のこめかみのあたりを指で叩く。
 その動きを真似て萌依が自分の顔に指を添えると、眼鏡のフレームに触れた。

「ああ……」

 仁美の言いたいことを理解して、萌依は声を漏らした。
 失恋を機に転職を決めた萌依は、その際、かなりのイメチェンをしている。
 コンタクトレンズをやめて眼鏡に戻し、服装も、可愛い系のファッションから機能性重視の装いへと変えた。メイクや髪型もしかり。
 萌依が理解するのを待って、仁美は話しを続ける。

「それで萌依が別人みたいになっていたってことが話題になったら、それを聞きつけた加茂が、『俺が捨てたせいで、アイツの人生終わらせちまったかな』なんて自慢げに話しているのがムカついて。しかも館野さんまで、一緒になってはしゃいじゃって……」

 グッと奥歯を噛みしめる仁美の表情を見れば、その場にいなかった萌依にも、あのふたりがどれだけ失礼な言葉で自分を嘲笑っていたのか想像がつく。

「それが悔しくて、私がつい、萌依はハルモニアで社長秘書をしているって、話しちゃって……」

 ハルモニアは、世界的に知られている時計メーカーだ。
 そこの社長秘書を任されていると聞かされれば、亨介も『人生が終わっている』などと言えなくなるだろう。

「本当にごめん。ウチの会社、ハルモニアとの取引もあるから、社長が若くてイケメンだってこと知ってる人も多くて、大騒ぎになったの」

 項垂れる仁美に、萌依は首を横に振る。

「うんん。仁美は私を庇ってくれたんだから、気にしないで」

 亨介たちの嘲りが、萌依の耳にまで届くことはない。
 それでも仁美が黙っていられなかったのは、親友として萌依を思ってのことだ。だから萌依は、仁美を責める気にはなれない。
 後は、亨介に職場を知られたことで面倒が起きないことを祈るばかりだ。

「それがね、そこから話しが一段とややこしくなっちゃって……」

 仁美は、更に情けない顔になって話しを続ける。

「萌依がハルモニアの社長秘書だなんて信じられないって、館野さんが大騒ぎして、私の結婚式で確かめてやるって言い出したの」

「え? 館野さんを、結婚式に招待していたの?」

 彼女とは二度と会いたくないと思っているので、つい苦い顔をしてしまう。
 そんな萌依の表情を見て、仁美は、とんでもないと首を横に振る。

「あんな嫌味で自慢したがりの女、自分の結婚式に招待なんてしないわよ。だけど彼女はウチの重役の娘でしょ? だから淳が、断り切れなかったみたいで。……それで披露宴に、急遽、館野さんと加茂さんの両方を招待することになっちゃって」

 淳とは、仁美の夫に徳仁の名前だ。彼も十和企興に勤めているので、常務の娘である眞希子に出席したいと言われて断れなかったとういう。
 披露宴は、親しい人たちだけを招いた立食形式のため、急な参加では席の用意できないと断ることも出来ないのだという。

「ふたりとも十和企興の社員なんだから、仕方ないよ」

 萌依が理解を示すと、料理が運ばれてきたので話しが中断された。
 配膳が終わり店員が去ると、仁美が話題を戻す。

「それで萌依が、あのふたりに会うのが嫌なら、私の結婚式を欠席していいからね」

 仁美が、萌依を気遣って言う。
 萌依としても本音を言えば、今更あのふたりに会いたいとは思わない。
 だけどここのタイミングで萌依が披露宴を欠席すれば、眞希子と亨介が面白おかしく騒ぎ立てて、仁美の披露宴を台無しにしかねない。

(かといって、このままの姿で行っても、面倒なことになるよね……)

 もちろん多少お洒落をするつもりではいるが、それでも黒のシックなドレスで、それにシンプルなアクセサリーを合わせるくらいの予定でいた。
 ハルモニアで社長秘書をしているのは事実だし、萌依としては今の自分のスタイルに恥じるところはない。
 そう胸を張ったところで、自己中心的な価値観で生きるあのふたりには理解してもらえないだろう。
 それに萌依も親友として、仁美の門出を祝いたい。

「心配しなくても大丈夫だよ。めいっぱいお洒落して、あのふたりになにも言わせないようにして行くから」

 きっとそれが、一番いい対策だろう。
 萌依の言葉に、仁美の顔が一気に明るくなった。

「そうだよ。萌依は美人なんだから、一度や二度の失恋で恋愛を諦めたりしないで、お洒落を楽しんでよ」

「美人なんてことはないし、恋愛はもういいよ」

 萌依は首を横に振るけど、仁美は譲らない。

「それで私の結婚式で、新しい出会いを探そうよ。淳の学生時代の友達もいるから、紹介するよ」

 まえのめりはしゃぐ仁美の姿を見れば、本音としては萌依に是非出席してほしいと思っているのだとわかる。
 男性を紹介してほしいとは思わないけど、萌依もぜひふたりの門出を祝福したい。

(そのためには、お洒落を頑張らなきゃなんだけど)

 なんにせよ萌依が覚悟を決めたことで、その場の空気が軽くなった。
 その後は料理を楽しみながら、親友同士の気楽なお喋るが続く。

「だいたい、館野さんが、加茂さんにちょっかいかけたのだって、萌依に劣等感があって悔しかったからだよ」

 アルコールと料理を楽しみながらお互いの近況報告が終わると、仁美が思い出したように言う。
 口調で、彼女の酔いが回ってきたのがわかる。

「私が、館野さんに勝っているものなんて特にないよ」

 萌依は苦笑する。
 なにせ眞希子は、十和企興の重役の娘で、小学校から大学まで一貫教育の私立学校を卒業しているし、見た目も華やかだ。
 経済的な困窮を抱えつつ、どうにか大学を卒業して、就職した後も奨学金の返済をしている萌依に、彼女が劣等感を抱くようなことはなにもない。
 萌依のその意見に、仁美は違うと首を横に振る。

「だからこそだよ。言い方悪いけど、館野さんは、萌依のことを心の中で見下していたのよ。それなのに、自分じゃなく萌依が秘書課の配属になったから、その腹いせに加茂さんを横取りしたんじゃない」

「まさかっ!」

 そんな理由で、他人の恋人を横取りするなんてあり得ない。

「絶対にそうだよ。萌依のことは今でも皆が気にかけているから、それも面白くなくて、私の結婚式に押しかけて萌依に嫌味を言おうとしているんだから」

「そんなことないよ……」

「絶対そうだって。だからどうせなら、恋愛を諦めるんじゃなくて、素敵な恋人を見付けて、館野さんをもっと悔しがらせればいいんだよ」

 明るく話す仁美は、「そうだ!」と手を叩いて目を輝かせる。

「どうかした?」

 グラスを傾けつつ問いかける萌依に、仁美がとんでもないことを言う。

「せっかく社長秘書をしているのだから、そのハルモニアのイケメン社長と付き合うっていうのはどう? そうなったら、館野さんも加茂さんも、むちゃくちゃ悔しがるよ」

「ちょっ、なに言ってるのよ」

 思いがない提案に、萌依は呑みかけていたサワーを吹き出しそうになって慌てる。

「だって萌依がハルモニアの社長秘書だって聞いて、『独身のイケメン社長の秘書だなんて、羨ましい』って、皆も騒いでたわよ。だから丁度いいじゃない」

「丁度いいって……なにが丁度いいのよ?」

「シンデレラストーリーぽくない」

 そう言って、仁美はキャハハと笑う。酔って言っているのはわかるけど、そんな発言、冗談でもやめてほしい。

「私から見て社長は、別次元の生き物だから恋愛対象になるわけないでしょ。それに社長も、恋愛には興味ないみたいだし」

 それは、会長が持ってきた見合い写真を処分するよう指示した際に、蒼弥が自身が言っていたことだ。
 蒼弥のことは、自分とは別次元を生きる完璧御曹司のように思っているけど、妙な共通点もあるものだと、それを聞いた時につい笑ってしまった。
 萌依がそのことを話すと、仁美がつまらなさそうな顔をした。でもすぐに表情を明るくして、それならそれでやっぱり淳の友人を紹介すると言ウので、萌依はそれを丁重にお断りしておいた。
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