乾杯はふたりだけの秘密

乾杯はふたりだけの秘密

 二月は新生活に向けた商品の対応で忙しいが、佐々木の引き継ぎも無事に終わり、とりあえずは一段落ついたといえる。週末は賢吾とゆっくり過ごせそうだ。
『今日早く終われそうなんだけど、結衣ちゃん予定は?』
 昼休みにまさやんからメールがあった。
『何もないよ』
『じゃあ仕事終わり次第、和味で。なかじーと新田にも声かけとくから』
『オッケー』
 結局、まさやんとなかじーは取引先から直接店に向かうことになり、結衣は賢吾とふたりで店に向かった。
「いらっしゃい! 今日は座敷でふたりがお待ちかねだよ」
 マスターがいつもの柔和な笑顔で迎えてくれた。結衣は賢吾と奥の座敷に向かった。
「お、来た来た! 結衣ちゃん、新田、おめでとう!」
「え、何? どういうこと?」
 結衣は訳がわからず、にこやかな笑顔で拍手しているまさやんとなかじーの顔を交互に見た。
 テーブルにはご馳走が並んでいる。
「良かったなあ、新田!」
「はい、お陰さまで」
 賢吾が意味ありげな返答をした。
「お陰さまってどういうこと?」
 結衣は不思議に思い、賢吾に尋ねた。
「実は新田から相談受けててさ。のんべえ会のメンバーなら当然だろ?」
 まさやんはどこか得意げに言い放った。
「え、何の相談?」
 結衣は新田に尋ねてから、まさやんに目を向けた。
「驚いたことに、結衣ちゃんを追いかけてここまできたって言うじゃん。そりゃ協力しないわけにいかないだろ。もちろん、ただの色恋だったら協力なんてしてないけど、仕事は真面目だし誠実だし、仲間としても男としても文句のつけようがない奴だから」
 まさやんが賢吾の肩に手を回し、熱く語り始めた。
「ちょっと待ってよ。いつから?」
「前に俺らが佐々木のこと話した辺りから、新田の態度が変わったって言うか、すげえ結衣ちゃんのこと心配するようになって、おかしいなと思って聞いたんだよ。そしたら白状してさ。営業の忘年会の日も、結衣ちゃんが心配で体調悪いのに参加してたみたいだし、なんか泣けてきてさ」
「でも、それがきっかけで付き合えることになったんで」
 賢吾が照れ臭そうに笑う。
「まあとにかく良かったなってことでいいんだよな?」
 まさやんが確かめるように顔を覗き込んできた。
「うん、まあ」
 からわれると思っていたが、思いがけず心から祝福してもらえた。
「どうする? 新田も今日くらい飲む?」
「いえ、俺は結衣……いや、先輩とふたりの時しか飲まないって決めてるんで」
「へえ。まあそれなら無理にとは言わないけど」
 のんべえ会の流儀は、無理に飲ませない、酒の席でも礼儀は忘れない、酔っても人に迷惑をかけない、そして、酒を飲む人も飲まない人も楽しむことだ。
「どうせ理由はあれだろ? 酔っ払ってちゃんと結衣ちゃんを送り届けられなくなったら困るから、とか」
 なかじーにからかわれ、賢吾がはにかんでいる。
「まあ、そんなとこです」
 賢吾が濁すように返した。
 禁酒の理由は願掛けだ。なかじーは知らなかったのだろうか。
 普段なら週末ののんべえ会は終電近くまで続くが、今日は早々にお開きとなったのは、まさやんとなかじーが気を利かせたからに違いない。彼らは店を変えて飲み直すのだろう。
< 56 / 58 >

この作品をシェア

pagetop