乾杯はふたりだけの秘密
 店を出てふたりきりになった途端、賢吾は表情を緩め、後輩の新田から、恋人の賢吾に変わった。
 ほろ酔いの自分と、素面の賢吾。いつもののんべえ会の帰り道が、何故か全く違って見える。
「ねえ、さっきのアレ、どういうこと?」
「何?」
「私とふたりの時しか飲まないって」
「ああ。そのままの意味だけど? なあ、今日結衣んち行ってもいい?」
 言葉遣いも恋人仕様に変わっている。
 まだ付き合って数日で、新田ではない賢吾の言葉遣いに慣れない。言葉には遠慮を感じないが、なんとなく照れ臭い。
「うん、いいよ。あっ、じゃあさ、明日休みだしふたりで飲み直そうよ」
「おう」
「え、ほんとに?」
 自分で言っておきながら、賢吾のふたつ返事に驚いて、結いは思わず聞き返す。
「あんなに頑なだったのに、あっさり禁酒解いちゃうって、どういうこと?」
「もう願いが叶ったからな」
「え、いつ!? 何で言ってくれなかったの!」
「わかんねえのかよ。禁酒は、結衣と付き合うための願掛け」
「え……ほんとに?」
「おう」
 そういえば、イヴに禁酒の話に触れた時、賢吾が濁すような言い方をしていた。まさか自分のことだったなんて。
 恥ずかしすぎる。
 佐々木から聞いた話にしても、願掛けにしても、賢吾の真っ直ぐな想いが胸をくすぐり、照れ臭さと嬉さが込み上げる。

 電車に乗り込み、向かい合って立つと、自然と賢吾が腰に手を回した。
 週末の車内には仕事を終えた解放感が漂い、楽しげに笑い合う声があちこちから聞こえてくる。
 乗客の隙間からちらりと見えた深いブラウンにゴールドの文字が箔押しされた紙袋は、有名ショコラトリーのものだと一目でわかる。もうすぐバレンタインだ。今年は平日だけれど、賢吾と過ごせるだろうか。
「賢吾、チョコ食べる?」
「結衣の手作りだったら食う」
 意味をすぐに理解した賢吾は、バレンタインを意識しているようだ。
「商店街のスーパーまだ開いてるかな。そこでお酒とおつまみ買って帰る?」
「そうだな」
「賢吾はビール?」
「今日はワインで」
 その言葉が意味するのは――
 特別な日。
 賢吾と初めてのふたりだけの乾杯は、ワインで決まりだ。
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