拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
求めていない再会
秋山がやけにきょろきょろと辺りを見回しているのを見て、華は咄嗟に顔を背けた。一緒に働くのだから、今バレなかったとしてもすぐに華の存在は知られてしまうと分かってはいたが、反射的に逸らしてしまったのだ。
息をするのが苦しい。ぎゅっと胸元を抑えた。浩一と最後に会った、あの別れの日を思い出していた。
秋山浩一とは、大学が一緒だった。
在学中は、特に親しかった覚えはない。華は真面目な学生で、大人しい友人と静かに毎日を過ごすタイプだった。一方浩一は明るくて友達も多く、いわゆる陽キャな人物で、華は生きる世界が違う人だと勝手に思っていた。
そんな二人だが、ある時就活について秋山が華に質問する機会があった。華がきちんと教えると、浩一はしっかりお礼を言って感謝した。それをきっかけに、ほんの少しずつだが二人は会話を交わしだすようになる。
主に就活についての話題だったが、徐々に雑談もするようになった。浩一は話し上手で、口数が多くない華とは正反対。華は自分にはない部分を持つ浩一に、憧れの気持ちを抱いていた。
そんな浩一から、大学卒業間近に告白をされた時は本当に驚いた。
浩一はキラキラした女性と付き合うのだと思っていた。でも彼は『しっかり者で落ち着いた華と一緒にいると、凄く心地いい』と言ってくれた。華は彼の告白を受け入れ、交際がスタートする。
それから五年。二人は時間を共有し、結婚のことも意識しだすようになる。
──そして、あんな結末が訪れる。
浩一の挨拶が終わり、それぞれがまた仕事に戻り動き出す。華はすぐに席に座り、必死に深呼吸をして酸素を取り込んだ。手先は小さく震えている。
(……私がここの社員って知ってるはずなのに、何であえて……)
勘弁してほしい。せっかく忘れかけていたのに……。
丸まってしまった華の肩を、誰かがポンと叩いた。びくっと反応して顔を上げると、心配そうな朔弥の顔がある。
「佐々山さん? 顔真っ青だけど、大丈夫?」
朔弥は華の異変に早々に気が付いていた。上司が中途採用の人間を紹介している時から、やけに顔色が悪く気持ち悪そうにしている。急に体調が悪くなったのだろうか。
華は縋るような視線で朔弥を見ていた。尋常ではない様子に朔弥が焦った時、低い声が二人を襲う。
「……華? 華、だよな?」
華の体が跳ねる。ゆっくり振り返ると、浩一が目を丸くして華を見ていたのだ。華は衝撃で動けずにいる。
(……え? 佐々山さんの知り合い?)
朔弥が眉間にしわを寄せた瞬間、浩一はぱああっと笑顔になって華に駆け寄った。
「華! 会いたかった! 分からなかったよ、こんなに綺麗になって……もしかして、あの時の言葉を気にして……」
その途端、華の表情がさらに強張るのを朔弥は見逃さなかった。反射的に華の前に立ち、浩一との壁になる。浩一は朔弥に目の前に立たれ、ぽかんとした。
「え? 何ですかあなた……」
浩一はそう呟く。朔弥は『あなたこそ何ですか?』と返そうとして、すぐに言葉を呑み込んだ。今、みんなの前で二人の事を聞くのはまずい気がする。
朔弥は小さく首を傾けた。
「えーと……あ、ほら、部長が待ってますよ」
嘘ではなかった。少し離れたところで、部長がきょとんとして浩一を待っている。それに気づいた浩一は、仕方ないとばかりに頷いた。
「すみません、すぐに行きます。華、また後で」
浩一はやけに優しい声で華に言うと、そのまま去っていった。周囲の人間は不思議そうに二人を見つめている。
「え、どういう関係? 華って呼んでたよね?」
「親しそうだったけど……」
すっかり注目を集めてしまった。朔弥は頭を搔きながら華を振り返ると、相変わらず真っ青な顔で固まっている。事情を聞きたいと思ったが、人前ではよくない気がした。
朔弥はとりあえず、その場の雰囲気を変えるように言う。
「佐々山さん、ちょっと質問したいんだけど。この会社の資料ってさ……」
「え? ……あ、はい。分かります。すぐに調べます」
仕事の話題を振られた華は、すぐに立て直して普段通りの様子に戻る。追及されずにホッとした。仕事が始まるんだから、集中しなきゃ。そう言い聞かせているのが朔弥にも伝わった。
とりあえず今は、このままにしておこう。
朔弥はそう考えながら、最後に浩一をちらりと見る。すでに離れた場所にいた浩一は、華の方を見て笑っていた。