拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
「元カレ……?」
今日は風が強く、冷気が容赦なく華と朔弥を突き刺したが、二人ともそんなことは気に留めていなかった。屋上で二人きりになった時、華は浩一について朔弥に話していた。
朔弥には、彼が何者なのか知っていてほしい……そう思い、切り出したのは華の方だ。
「って、あの元カレだよね!? えっと、その」
「はい。婚約破棄された元カレです」
華は食欲も出ないのか、膝の上に手の付けていない弁当を乗せたまま呟いた。朔弥はため息を漏らす。
(あの佐々山さんが凄く固まってたから、もしかしたらと思ったけど……まさか元カレがうちの会社に入ってくるなんてありえないと思ったのに)
華の話によれば、結婚の約束までして浮気し、浮気相手を妊娠させ、その相手と予約していた式場で挙式をしたというとんでもない下衆男。
そんなことをしておいて、なぜあえて華がいる会社を選んで入って来たというのだ。普通、さすがに避けるだろう。
華も同じことを考えていたようで、俯いたままぎゅっと目を閉じた。
「びっくりしました。なんでうちに……あれ以降、連絡先をブロックしたので全く連絡を取ってませんでした。だから今回のことも当然知らなくて。彼は前の会社でやりがいがあると言っていたし、それなりに大手だったから転職を考えてるなんて聞いたこともなかった。なんで……」
苦しそうに呟く華の話を聞いて、朔弥は漠然と嫌な予感がしていた。
(あの人……結婚指輪とかしてなかったよな……)
朔弥は浩一の左手を思い出す。そう、彼は指輪をしていなかった。結婚指輪を付けない人はいるので彼もそうなのかもしれないが……。
(最悪パターンだったらどうしよう……)
朔弥ははあとため息をついて黙り込む。華も同じだった。
朔弥といろいろあったことで、退職届はまだ出していない。ずっと辞めようと思っていた会社だが、最近はそう思わなくなっていた。周囲の目は気になるが、見た目も変えて前向きに進んでいけるかもしれない──そう思っていた矢先、どうしてこうなったんだろう。
華が泣きそうになっているのを見て、朔弥はぐっと拳を握る。華の正面にしゃがみ込んで、彼女の顔を見上げた。
「困ったことは何でも言ってほしい。力になれることはなるから」
「深見さん……」
「まず俺は何をしたらいい? スマートに動けたらいいんだけど分からなくて。佐々山さんはどうしたい?」
朔弥の真摯な言葉に、華はぐっと言葉を詰まらせた。
自分を心配して、心から力になろうとしてくれているのが伝わってくる。華を思ってくれているのだと痛いほど理解していた。
(出来れば会社、辞めたくない……初めて、そう思えた)
ずっと辞めようと思っていたくせに、ここにきて辞めたくないと思ってしまった。たった一人、味方がいてくれるだけで。一緒にお昼を食べるこの時間を、終わりにしたくないのだ。もう逃げるのは、嫌だ。
「私……」
華が口を開いた時だった。普段は開かれることがない屋上の扉が勢いよく開き、そこから男性の声が響いてきたのだ。
「華!」
浩一の出現に、華は固まった。
浩一は満面の笑みで華を見ると、嬉しそうに駆け寄って来る。
「探したよ。外に行ったのかなとも思ったけど、華は静かなところで食べてる気がして……さすが俺、華の事分かってるだろ?」
そんなセリフを言いながら近寄って来る浩一を、朔弥は唖然として眺めた。自分が浮気して振った相手にとる態度じゃないだろう。人間の心とかないのか?
先ほども感じた嫌な予感が現実味を帯びていく。
朔弥はまた華の前に立ち、二人の壁になる。浩一は足を止めてひどく不愉快そうな顔をした。
「……何ですか? あれ、あなたさっきも……」
「佐々山さんに何の御用ですか」
鋭い朔弥の視線を感じて、浩一はむっとする。
「あなたに関係ありますか? 華とゆっくり話したいんです。俺たちは五年も付き合ってたんですよ。華! 聞いてほしい。華と話したくてここまで来たんだ。連絡取れなくなってしまったから」
「……今更何の用?」
華は冷たい声で答える。すると浩一は、泣きそうな顔をしていった。
「俺は騙されてたんだよ!」
「……はあ?」
「あいつ、妊娠なんてしてなかったんだ。ネットで買った陽性の妊娠検査薬を俺に見せただけだったんだよ。結婚の準備では散々わがまま言って大変で……結局ギリギリになって式場もキャンセルして大変だったんだよ……キャンセル料も凄いし、招待客も呼んでたから。しかも、華とのことがあって親には絶縁されてて、頼れる人もいなくてさ……」
華はぎょっとしたが、朔弥はなんとなく浩一の話を予感していたため、さほど驚きはなかった。指輪をしていなかったのは、やっぱり浮気相手と結婚していなかったからなのだ。
妊娠したと告げられ、すぐに華を捨てた。その後意気揚々と結婚式の準備を進めるが、相手はわがまま放題で辟易した。
さらには、そのお腹が大きくなりそうな気配がないので尋ねると、『実は流れちゃって』と言い放った。
不審に思った浩一が問い詰めると、噓だったと判明したわけだ。
そんな大騒ぎがあった後、彼は華を追って、わざわざこの会社を選んで転職までした。
華は愕然とした顔になる。
「だから何? もう別れた私にそんな話をしてどうするの? 関係ないでしょう」
「……気づいたんだよ。俺の味方は華だけなんだって。本当にごめん。華、やり直したい」
浩一は深々と頭を下げた。
(……復縁の要請? よくもそんなことが言える……)
華はふつふつと怒りがわいてくる。