拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
不安に思っている華に、つかつかと誰かが歩み寄る。顔を上げると、やや引きつった笑みを浮かべた美鈴だった。
「おはようございます。佐々山さん、ですよね?」
「お、おはようございます。そうです」
「イメチェンですか~? 別人みたーい」
そういう美鈴の目は、敵意に満ちている。
(アラサーの寂しい女が急に何してんの?? めっちゃキモイしうざいんだけど。痛々しすぎるっつーの!)
いつも地味で存在感がない、婚約破棄までされた寂しい女。華はいつもそうでなくちゃいけないのに。
華は頷く。
「はい……ちょっと自分を変えたいな、と思いまして。似合ってないですか……?」
「あは、似合ってないって言うか、痛々……」
言いかけたところへ、わっと同僚たちが華の元へ集まった。男女問わず、みんな目を輝かせて華を見ている。
「似合ってますよ、佐々山さん! めっちゃ可愛い~!」
「一瞬誰か分からなかった! でも、そんなにメイク濃いわけじゃないし自然体だけど可愛い、羨ましい~!」
人々の波に押され、美鈴はよろけて唖然とした。みんなが自分より華に夢中でほめちぎっている。普段なら、人に囲まれているのは私なのに。
(ちょっと化粧覚えただけじゃん……! みんな目ついてんの? 言うほど可愛くないっての!)
口を挟もうとして、さらに誰かに押しのけられて美鈴は完全に輪の外に出されてしまった。ひたすら呆然と立ち尽くしか出来ない。
そして、一気にみんなの中心になった華を、朔弥は少し離れた場所から見ていた。まあ、こうなるだろうとは思っていた。だって誰が見ても可愛いもんな。
はあとため息をついたところで、隣にいた同僚が言う。
「へ~女性ってホント急にガラッと印象変わるのな。でも俺は元々、あの子は磨けば光ると思ってたけどね!」
やけにどや顔で言うので朔弥は呆れる。
(口では何とでも言えるだろうに。そんなこと言ったら俺だって……)
そう拗ねている彼の耳に、他の男性社員の声が届いてくる。
「しまっためちゃタイプだわ。愛想はあんまないけど、しっかり者だから結婚相手とかには最強じゃん?」
「いやあれは男みんなが好きなタイプだろ。派手過ぎない可愛さに、大人しくてしっかり者。しまった、先に唾つけとくんだったわ」
その言葉を耳にした途端、予想していたというのに頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。反射的に朔弥は勢いよく立ち上がり、つかつかと華の元へ歩みよる。
未だ同僚に囲まれた華へ近づくと、華が気づいて朔弥の方を見た。その表情が少し柔らかであることに、周りの人間は気が付く。
朔弥はにっこり笑って一言だけ言った。
「おはよう佐々山さん。やっぱり、似合ってるねそれ」
「あ……深見さん。ありがとう、ございます……」
たったそれだけの会話。
短く、あっさりした会話。
だが周囲の人間が何かを察するのには十分だった。二人は距離が近いこと、深見が牽制していること。誰の目が見ても明らかだ。
すすっと二人から距離をとった同僚たちが、小声で噂する。
「え~っ。二人ってそうだったの?」
「意外だけど、いいなあ! お似合いじゃん」
「もしかして深見さんがキャラ変したのって、佐々山さんのおかげ?」
「……え、でも深見さんって……」
一人がちらりと、美鈴の方を見た。美鈴はずっと立ちすくんだまま、恐ろしい形相で二人を睨んでいる。
深見朔弥は美鈴を狙ってる──それは、美鈴本人が周りに話してきたことだった。
美鈴は拳を作ってぶるぶると震わせる。
(どういうこと? なんで二人があんなに親し気なの?)
私のことが好きだったくせに!
(……私にフラれたから自暴自棄で簡単に落とせそうな女選んだんでしょ。そうに決まってる……)
美鈴はふいっと二人から顔を逸らし、自分の席に戻る。背後ではいまだに、同僚たちが美鈴と朔弥について話していた。
(このまま終わると思ったら大間違いなんだから……)
美鈴はデスクの上で拳を震わせた。
朝から騒ぎがあった職場内だが、少しずつ仕事モードに戻り、それぞれ自分の仕事に取り掛かっていた。華も朔弥も、今は自分の席でやるべきことと向かい合っている。
華は顔には出さないものの、どきどきした心臓を必死に落ち着かせていた。
(笑われなかった……よかった……)
普段と違う自分で出勤するのは緊張した。でもみんな可愛いと言ってくれた。それは素直に嬉しい。
それに、朔弥も似合ってるとまた言ってくれたし……。
それを思い出すと、更に心臓が跳ねる。恐る恐る朔弥の方を盗み見た。彼は仕事先と電話をしているようで、にこやかにスマホを耳に当てている。
朔弥から告白を受けて、すっかり意識している自分がいる。
あの時は混乱して時間が欲しいと言った。でも、自分が彼に対してそれなりに好意を持っているのは自覚している。落ち着いて、早く返事をしなくてはいけない。
(……本当に私でいいのかな、って思うけど)
それでも彼が好きだと言ってくれたなら、また恋をしてみたいと思う。人を信じてみたいと思うのだ。
ふ、と華が小さく微笑んだ時、上司の声が響いた。
「えーみなさん、少しお時間よろしいでしょうか」
上司の声でハッと現実に引き戻された華は、仕事モードに切り替える。きりっとした顔で上司の方を見たのだが、すぐにその表情は崩れることになる。
上司のすぐ隣に、見覚えのある顔があったからだ。
さあっと、全身の血の気が引く感覚になる。
黒髪の短髪、人のよさそうなたれ目、自信に満ちた表情。
「本日付で営業部に配属になりました、秋山浩一さんです。
秋山さんはこれまで他社でも営業を経験されていて、即戦力として来ていただいています。
分からないことも多いと思いますが、皆さんフォローをお願いします」
「秋山浩一です。よろしくお願いします」
華は震える手で口元を抑える。顔は真っ白になり、驚愕したように目を見開いていた。
なんで……。
どうして、元カレがここにいるんだろう。
「おはようございます。佐々山さん、ですよね?」
「お、おはようございます。そうです」
「イメチェンですか~? 別人みたーい」
そういう美鈴の目は、敵意に満ちている。
(アラサーの寂しい女が急に何してんの?? めっちゃキモイしうざいんだけど。痛々しすぎるっつーの!)
いつも地味で存在感がない、婚約破棄までされた寂しい女。華はいつもそうでなくちゃいけないのに。
華は頷く。
「はい……ちょっと自分を変えたいな、と思いまして。似合ってないですか……?」
「あは、似合ってないって言うか、痛々……」
言いかけたところへ、わっと同僚たちが華の元へ集まった。男女問わず、みんな目を輝かせて華を見ている。
「似合ってますよ、佐々山さん! めっちゃ可愛い~!」
「一瞬誰か分からなかった! でも、そんなにメイク濃いわけじゃないし自然体だけど可愛い、羨ましい~!」
人々の波に押され、美鈴はよろけて唖然とした。みんなが自分より華に夢中でほめちぎっている。普段なら、人に囲まれているのは私なのに。
(ちょっと化粧覚えただけじゃん……! みんな目ついてんの? 言うほど可愛くないっての!)
口を挟もうとして、さらに誰かに押しのけられて美鈴は完全に輪の外に出されてしまった。ひたすら呆然と立ち尽くしか出来ない。
そして、一気にみんなの中心になった華を、朔弥は少し離れた場所から見ていた。まあ、こうなるだろうとは思っていた。だって誰が見ても可愛いもんな。
はあとため息をついたところで、隣にいた同僚が言う。
「へ~女性ってホント急にガラッと印象変わるのな。でも俺は元々、あの子は磨けば光ると思ってたけどね!」
やけにどや顔で言うので朔弥は呆れる。
(口では何とでも言えるだろうに。そんなこと言ったら俺だって……)
そう拗ねている彼の耳に、他の男性社員の声が届いてくる。
「しまっためちゃタイプだわ。愛想はあんまないけど、しっかり者だから結婚相手とかには最強じゃん?」
「いやあれは男みんなが好きなタイプだろ。派手過ぎない可愛さに、大人しくてしっかり者。しまった、先に唾つけとくんだったわ」
その言葉を耳にした途端、予想していたというのに頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。反射的に朔弥は勢いよく立ち上がり、つかつかと華の元へ歩みよる。
未だ同僚に囲まれた華へ近づくと、華が気づいて朔弥の方を見た。その表情が少し柔らかであることに、周りの人間は気が付く。
朔弥はにっこり笑って一言だけ言った。
「おはよう佐々山さん。やっぱり、似合ってるねそれ」
「あ……深見さん。ありがとう、ございます……」
たったそれだけの会話。
短く、あっさりした会話。
だが周囲の人間が何かを察するのには十分だった。二人は距離が近いこと、深見が牽制していること。誰の目が見ても明らかだ。
すすっと二人から距離をとった同僚たちが、小声で噂する。
「え~っ。二人ってそうだったの?」
「意外だけど、いいなあ! お似合いじゃん」
「もしかして深見さんがキャラ変したのって、佐々山さんのおかげ?」
「……え、でも深見さんって……」
一人がちらりと、美鈴の方を見た。美鈴はずっと立ちすくんだまま、恐ろしい形相で二人を睨んでいる。
深見朔弥は美鈴を狙ってる──それは、美鈴本人が周りに話してきたことだった。
美鈴は拳を作ってぶるぶると震わせる。
(どういうこと? なんで二人があんなに親し気なの?)
私のことが好きだったくせに!
(……私にフラれたから自暴自棄で簡単に落とせそうな女選んだんでしょ。そうに決まってる……)
美鈴はふいっと二人から顔を逸らし、自分の席に戻る。背後ではいまだに、同僚たちが美鈴と朔弥について話していた。
(このまま終わると思ったら大間違いなんだから……)
美鈴はデスクの上で拳を震わせた。
朝から騒ぎがあった職場内だが、少しずつ仕事モードに戻り、それぞれ自分の仕事に取り掛かっていた。華も朔弥も、今は自分の席でやるべきことと向かい合っている。
華は顔には出さないものの、どきどきした心臓を必死に落ち着かせていた。
(笑われなかった……よかった……)
普段と違う自分で出勤するのは緊張した。でもみんな可愛いと言ってくれた。それは素直に嬉しい。
それに、朔弥も似合ってるとまた言ってくれたし……。
それを思い出すと、更に心臓が跳ねる。恐る恐る朔弥の方を盗み見た。彼は仕事先と電話をしているようで、にこやかにスマホを耳に当てている。
朔弥から告白を受けて、すっかり意識している自分がいる。
あの時は混乱して時間が欲しいと言った。でも、自分が彼に対してそれなりに好意を持っているのは自覚している。落ち着いて、早く返事をしなくてはいけない。
(……本当に私でいいのかな、って思うけど)
それでも彼が好きだと言ってくれたなら、また恋をしてみたいと思う。人を信じてみたいと思うのだ。
ふ、と華が小さく微笑んだ時、上司の声が響いた。
「えーみなさん、少しお時間よろしいでしょうか」
上司の声でハッと現実に引き戻された華は、仕事モードに切り替える。きりっとした顔で上司の方を見たのだが、すぐにその表情は崩れることになる。
上司のすぐ隣に、見覚えのある顔があったからだ。
さあっと、全身の血の気が引く感覚になる。
黒髪の短髪、人のよさそうなたれ目、自信に満ちた表情。
「本日付で営業部に配属になりました、秋山浩一さんです。
秋山さんはこれまで他社でも営業を経験されていて、即戦力として来ていただいています。
分からないことも多いと思いますが、皆さんフォローをお願いします」
「秋山浩一です。よろしくお願いします」
華は震える手で口元を抑える。顔は真っ白になり、驚愕したように目を見開いていた。
なんで……。
どうして、元カレがここにいるんだろう。