拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由

お邪魔します

美鈴に頼まれた仕事を二人でこなす。浩一はもう帰宅したのか、あれ以降姿を見かけなかった。

 仕事が出来る華と朔弥が揃えば、美鈴が残した仕事はすぐに終わった。仕上げた二人は、荷物を纏めて外へ出た。

 冬の夜は冷える。あまり遅くはならなかったとはいえ、すでに外は真っ暗だった。歩き出すと息が真っ白になって空へ上っていく。華と朔弥は並んでゆっくり歩いていた。

「手伝ってもらっちゃってありがとうございました。深見さん、ただでさえ重要な案件多くて忙しいのに」

「全然。手伝えてよかったよ。それよりあいつ……大丈夫なの?」

 朔弥が眉をひそめて心配そうに言った。あいつ、つまり浩一の事だった。

「しつこいようなら、本当に上司に相談した方がいいと思う」

「そうですよね……さっき深見さんが注意してくれたから、それで収まるといいんですけど」

「なんか納得してなさそうな顔だったよ?」

 さっきの浩一の顔。どう見ても、まだ引き下がらなそうだった。

 華はどこか遠くを見つめて言う。

「私に未練があるわけじゃないのに。私と戻れば自分が失ったものが全部帰って来るって思ってるんですよ。なんか、5年も一緒にいたのにバカみたい。見る目ないな」

 20代は浩一とずっと一緒だった。楽しい思いでもたくさんあったはずなのに、今はそれが全部輝きを失ってしまっている。せめて、『いい恋愛をした』と思える最後であってほしかった。

 朔弥は華に歩調を合わせながら言う。

「まあ、今はそう思っちゃうだろうけど……今までの全部があって今の佐々山さんだから。あいつが最低なのは間違いないけど、佐々山さんは何も悪くないんだから自分を責めることはないと思うよ」

 朔弥を見上げると、目じりを垂らして優しい顔をしていた。それを見て華の胸がぐっと苦しくなる。それを隠すように、華はさっと下を向いた。

 ……ちょっと目が合っただけで、こんなにドキドキしてしまってる。

 どうしよう。いつ告白の返事をしよう……。

「そういえば佐々山さんってどこ住んでるの?」

「えっ!? あ、えっとS駅です」

「そうなんだ。俺はYの方。今日はそっちまで行くね」

「え、反対じゃないですか……大丈夫ですよ」

「何言ってんの。家まで送るよ。どこに潜んでるか分からないもん」

 きっぱりそう言った朔弥の言葉が嬉しくて、でもどこか恥ずかしくて。華は小さくなって小声でお礼を言った。一体自分はあと何回、彼にお礼を言わなくてはならないんだろう。

(私は浩一と別れた後引っ越したから、浩一が今の家を知るはずがないけど……)

 でも、送ってくれるという朔弥の言葉に甘えたくて、あえて言わないでおいた。そんな自分のズルい部分を知り、華は心の中で呆れる。最後まで彼と一緒にいたい、と思ってしまったから。

 改札を通って電車を待つ。帰宅ラッシュの時間帯だったため、サラリーマンたちがずらりと並んでいた。しばらくすると電車が到着し、二人は乗り込んでいく。朔弥は小さくため息をついた。

「俺、田舎育ちだから、東京の電車は本当に慣れないよ……」

「ふふ、朝とか凄いですよね」

「初めて乗った時は窒息死するかと思った」

 ふざけて朔弥が言った時、後ろから人がぐっと押してきた。朔弥は押されるがまま、華の方へ体を寄せる。華の体に密着するような形になってしまい、朔弥は慌てて謝る。

「ご、ごめん」

「い、いえ混んでるので」

 電車で通勤していれば、これぐらいの混雑ぶりは日常茶飯事だし、知らない人と密着するのも毎日のことで慣れているはずなのに、朔弥とやけに距離が近いことに、華は頭が沸騰しそうになる。

 それはもちろん朔弥の方も同じで、彼の場合何とか華に触れないよう両手を避けることに必死だった。痴漢の冤罪を避けるように。それでも、華からふわりと甘い香りが漂ってきて息を止める。柔軟剤か、石鹸の香りだろうか。

(なんだか息を吸うのも申し訳ないんですが!! 自分きもいな!!)

 こういう時、漫画だったらどうするんだっけ……多分『俺の女に触るな』とばかりに周囲を牽制して……周りから守って……いやだから漫画の真似事は止めろって……。

 彼は絶賛混乱中である。
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