拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
 そのまましばらく、二人は無言のまま電車に揺られていた。少しして人が一気に下車し、ようやく余裕が出来た。華たちはすっと距離を取り、お互い一息つく。

 少し冷静になったところで、ふと華はあることを思い出した。

(わざわざ家まで送ってもらったなら……上がってってもらうのが普通だよね……? そこでさようなら、ってさすがに深見さんに申し訳ないんじゃ……)

 家に上がってもらうってことは??

 えっ。でもまだ付き合ってないし……?

 いや、けど私はもう返事は決まってるんだけど……! とはいえさすがに急すぎなのでは?? それに浩一のことがあって、まだ返事をする段階ではないって言うか……。

 華も絶賛混乱中である。

 脳内がぐるぐると回っている華は危うく目的の駅で降り損ねるところだったが、なんとか慌てて電車から降りることが出来た。

 改札も抜けると、華はどこか緊張した面持ちで言う。

「えっと、少し歩きますけど大丈夫ですか……?」

「うん、全然」

 混雑した電車ではなくなったため、朔弥には余裕が戻ってきていた。今は程よい距離感を持って並んで歩けている。ここを毎日佐々山さんは通っているのかあ、なんて周囲を観察する余裕すら出てきていた。

 一方華は、朔弥を家に上げようかどうしようかずっと考えており、足が進んで行かない。家に着いたら結論を出さねばならなくなる。上がって温かなコーヒーでも、と言うだけなら簡単だった。相手が朔弥でなければ。

 しばらく歩いているとついに華のアパートが見えてくる。あまり広くはない、よくあるタイプの1DKの部屋だ。見慣れたその場所が、今日ばかりは緊張を高める場所になっている。

「あ、あそこ?」

「は、はい……」

「結構静かでいい所だね」

「はい。過ごしやすくて……」

 ついに、エントランスの前まで辿り着く。いまだ結論が出せていない華が焦っていると、ふと隣の朔弥が足を止めたことに気が付いた。

 朔弥は屈託のない笑顔を見せる。

「じゃあ、俺はここで」

「……えっ」

「あいついないみたいでよかったね。安心したよ。でも戸締りはしっかりね」

 そう言って、朔弥はくるりと華に背を向けた。

 そのあっさりとした、どこか物足りなさを感じる挨拶はひどく華の心を揺さぶった。遠回りなのに本当に送るだけ送って、よかったねと言って帰るなんて。

 朔弥が駅に向かって歩き出した時、華は反射的に彼の名前を呼んだ。

「深見さん!」

「え?」

「よ、よければ上がっていきますか?」



「…………へっ」


 
 それは全く予想だにしていない展開で、朔弥の口からは変な声が漏れた。

 朔弥が『送っていく』と言ったのは本当に純粋に浩一の存在を心配したためで、そこに下心など一切なかった。なぜなら自分は告白して保留にされている身で、華が家に上げてくれるなんて考えられない。

 華はぽかんとしている朔弥を見て、ああやっぱり向こうはそんなつもりなんてこれっぽっちもなかったんだ、と再確認して、今更恥ずかしくなる。

「いや、あの、ここまで来てくださったので……その、深見さんが嫌じゃなけれ」

「嫌じゃないです!!!」

 華が言い終えるより先に、朔弥の口から言葉が飛び出していた。あまりの勢いに、華もぽかん、としている。

(……しまった。かなり食い気味になってしまった)

 すぐに後悔した朔弥だが、華が小さく笑ったのを見てほっとする。どうやら引かれてはいなそうだった。

「外、寒いので……せめて、温かいコーヒーでも飲んで行ってください」

 華はにこやかにそう言った。その穏やかな顔を見て、朔弥はぐっと自分を戒める。

(落ち着け、落ち着け……そう、佐々山さんは深い意味なんて持っていない。ここまで送ってくれたのにそのまま帰すのは忍びない、とでも思ってるんだろう。だって俺は告白を保留されている身で……保留されてる?)

 そこまで考えて、朔弥はハッとした。

 そうか。試されているのか!!

 部屋に入っても紳士でいられるかどうか!!

 これはきっと、俺と付き合うかどうかの品定めに違いない!!!

 すっかりそう思い込んだ彼は、ぐっと背筋を伸ばして気持ちを強く持った。

(大丈夫。俺はきっと完璧にやってみせる……)

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

 朔弥はにっこりと余裕のある笑顔を作った。


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