拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
ピンチ
美鈴との電話が終わった後、朔弥は華からのメッセージに気が付いていた。
『深見さん、送ってくださってありがとうございました
先ほどのことは全く気に病む必要はありません
明日、帰りまた話せますか?』
朔弥はごくりと唾を飲み込む。
「明日の帰り……これ絶対返事じゃん……」
気に病む必要はないって言ってるけど、でも同意なくキスした男を普通は幻滅するはず。明日、一体何を言われるだろう。
なぜ我慢がきかなかったんだ自分は……。
「はあ~いい返事を貰えそうな気がこれっぽっちもしない」
朔弥はがくりと項垂れる。
『昨晩は、警戒心もなく家に上げた私にも責任はありますから不問とします。でもお付き合いは出来ません。付き合ってもない女性に手を出すのはやっぱり』
(うわあーーー! 凄く自然に脳内再生出来ちゃった!!)
朔弥は頭を抱えて心で叫び声を上げた。
せっかく好きな人が出来たというのに、こんな形で終わるなんて一生後悔するだろう。
一度のキスが人生を狂わせたのだ。
朔弥はとぼとぼと帰路についた。
翌日のこと。
朝から職場はいつも通りの慌ただしい雰囲気だった。華も朔弥もきちんと出勤し、真面目に自分の仕事に挑んでいる。(朔弥は時折ちらちらと華の方を見ては落ち込んだように背中を丸めたが。)
浩一も真面目に働いていた。そして美鈴も。
浩一は華と言葉を交わすことなく、真剣に転職したての職場に慣れようと働いてるようだった。仕事の呑み込みの早さはまずまずの評価を得ている様子。華は遠目で見ながら、このまま自分に近づかないでくれればいい、と思った。
一緒の職場で働くのは気まずいし嫌だけれど、関わらなければ耐えられなくはない。
昨日の件で、復縁は諦めてくれたと思いたかった。
午後の外回りから帰って来た華がトイレへ行った後、茶色のポーチを取り出した。以前使っていた物より一回り大きいポーチだ。
前は必要最低限の物しか入っていなかったポーチが、今は少しばかりメンバーが増えている。ちなみに、朔弥から買ってもらったリップは二度と失くしたくないため、朝だけ使って今は家に置いてある。
汗で浮いてしまったファンデーションをパウダーで抑えた。化粧直しをする自分の姿が鏡に映って、少し微笑む。
(前の私だったら考えられないな……)
好きな人と会う前に化粧を直そうなんて。今までやったことがなかった。
化粧を覚えてから前向きになれた気がするし、なんとなく仕事でも上手く立ち回れるようになった気がする。……気のせいかもしれないけど。
ふふっと一人で笑った時、背後から呼ばれた。小さめで、弱々しい声だった。
「あの~佐々山さん……」
振り返ってみると、美鈴が立っていた。彼女は眉間にしわを寄せ、どこか前かがみになるような姿だ。普段ニコニコと笑顔ばかりの美鈴が、珍しい。華はどうしたんだろうと心配になる。
「はい、どうしました?」
「痛み止め……持ってませんか? ちょっと予定外の……」
それだけでピンときた。女性ならではの月に一度の嫌なイベントだろう。
華はすぐにポーチから痛み止めを取り出した。
「ありますよ。使ってください」
「あ~ごめんなさい、助かります。私結構ひどくて。いつもはきっちり予定通りに来るから準備万端にしてるんですけど、今月は急に……」
「そういうことありますよね。大丈夫です」
同じ女性同士、理解できる苦しみだ。
美鈴が華から錠剤を受け取った時、ふと華が美鈴のスカートに気が付く。
「……あっ。大島さん……それ」
「え? ……ヤダ最悪!」
美鈴は慌てて赤くシミが出来た部分を隠した。白いフロアスカートが汚れてしまっていたのだ。
女性なら一度くらい経験があるかもしれない。華も他人事とは思えず、一緒に狼狽えてしまった。