拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
頭を下げながらなぜか俺様発言をする朔弥を眺めて、華は困ったとばかりに眉尻を下げた。
だって、私も受け入れたのに。
嫌だったらそう言うし、まず家にだって上げない。
でも彼はきっと、告白の返事も貰ってないのに手を出してしまった……と反省しているんだろう。きちんと返事を言っていない自分が悪い。
「って違う、何を口走ってるんだ俺は? 脳みそが自分の物とは思えない……」
「深見さん。あのですね」
「本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないのは分かってるけど、謝ることしか出来ない。本当に本当に、すみませんでした!!」
朔弥は床に額を擦りつけながらそう大声で謝罪すると、すぐさま荷物を抱えて部屋から飛び出してしまった。こんな男と密室で一緒にいるなんて、佐々山さんは恐怖に違いない……そう思ったゆえの行動だった。
華が止める隙も無く、朔弥は大慌てで出て行ってしまう。引き留めようと出した右手が、虚しい。
あっという間の出来事だった。残ったのはコーヒーとクッキーだけ。
華はしばらく呆然とした。
「……止める間もなかった……」
風のように去っていった。キスだけして、あんなにパニックになって慌てながら謝って。
華は静かになった部屋で、そっと自分の唇に触れる。
……嫌じゃなかった。
むしろ……
そこまで考えて、ぼっと顔が熱くなる。馬鹿、そもそもきちんと告白の返事を言っていない私が悪いんだ。こんなことなら早く言っておけばよかった。そしたら……
「……そしたら何よ……」
熱すぎる顔を両手で覆う。今更ドキドキが凄くて止まらない。
「って、一人で考えてる場合じゃない」
すぐに彼に説明しないと。そう思ってスマホを取り出した。今ならまだ電車には乗っていないはず。華は電話を掛けた。
ところが。
「……話し中だ」
誰かと通話中らしかった。
「どうしよう。とりあえずメッセージを打っておこうかな。でも返事をラインで、っていうのはどうかと思うし……」
せっかくならちゃんと話したいもんね。
そう思った華は、朔弥にラインを送った。――ほぼ、告白の返事のような内容を。
『深見さん、送ってくださってありがとうございました
先ほどのことは全く気に病む必要はありません
明日、帰りまた話せますか?』
キスしたことを怒ってない、気に病む必要はないと言われたら、普通勘づきそうなものだが。
「……明日、ちゃんと言おう。もう浩一のことがとか言ってられないよね」
華は小さく呟いた。
駅までの道を全速力で走った朔弥は、コンビニが見えたところで一旦足を止めて乱れた息を整えた。寒い夜空に白い息が上っていく。走りすぎて痛くなったわき腹を抑えて、彼は嘆いた。
……やってしまった。
深いため息をついてよろよろと近くの電柱にもたれる。
「最悪だ……幻滅されたよな……」
家にまで上げてもらったというのに、その信頼を裏切った。きっと佐々山さんは自分に幻滅したに違いない。
でもだって……。
「可愛すぎたんだよ……」
あんなセリフを簡単に言ってしまう彼女が怖くすら感じる。あまりにも可愛くて、自分の思考が全部ぶっ飛んでしまった。
「謝ったけどもうだめだよな……どうしよう」
ふらふらの足で歩みを進めていると、ポケットに入っていたスマホが鳴った。もしや、佐々山さんか!? と勢いよく取り出してみれば、全くの別人からだった。
『大島美鈴』
「……大島さん? なんで?」
朔弥は首を傾げる。メッセージのやり取りは何度かしたけど、電話は初めてだ。
あ、そういえば彼女は今日何かトラブルがあったんだったか。仕事関係のことなのかもしれない。
朔弥は何とか仕事モードに切り替えて電話に出る。
「もしもし?」
『あ、深見さんですか? よかったあ~電話に出てくれて』
嬉しそうな美鈴の声が聞こえた。やはり何かあったのかと、朔弥は鋭い声で尋ねる。
「どうしたの? 何かあった? 今日、なんかトラブルあったんだよね?」
『え? ……あ、違うんです。それはもう片付きました!』
美鈴はそう答えたので脱力する。なんだ、仕事で何かあったわけじゃないのか。
「そう。じゃあどうしたの?」
『私、深見さんが心配で電話掛けちゃったんです……秋山さんって、佐々山さんの元カレなんですよね? どうやら復縁するみたいです』
華の名前が出てきたのは予想外で、朔弥は固まる。
一方電話の向こうでは、静かなカフェで一人優雅に過ごす美咲がいた。彼女はアイスティーを前に足を組んで座り、声とは裏腹に微笑みながら朔弥に話していた。
彼女はアイスティーに添えてあったミルクを入れ、ゆっくりストローでかき混ぜる。
『結婚するつもりだったけど別れちゃったみたいで……私以前、佐々山さんを合コンに誘ったことあるんですけど、秋山さんが忘れられなかったみたいで全然乗り気じゃなくて……』
「……」
『深見さん、最近佐々山さんと親しくしていたでしょう? だから大丈夫かな、って。秋山さん、凄く佐々山さんを大事に思ってるみたいですよ。第三者が入る隙ないって言うか……あ、今どこですか? よければ今から、飲みません? 私、深見さんの話を聞きたくて……』
「それ誰が言ってたの?」
朔弥の低い声が尋ねた。美咲は答える。
『秋山さんですよ。でも、佐々山さんが結婚まで考えた人がいるっていうのは結構前から有名だったんです。深見さんは来たばかりだから知らないと思うけど……五年も付き合ってたんですって。今、二人は一緒にいるみたいです。佐々山さんは幸せになれてよかったですよね。ただ……』
「それ噓だから」
朔弥が即答したので、美咲が少し目を見開いた。
『……嘘?』
「それ秋山さんの虚言。佐々山さんはそんなつもりないって、今さっき本人の口からきいたよ」
一気に美鈴の顔が怒りで歪んだ。思っていた台本とだいぶ違ったからだ。
(は? 深見さんがあの女と一緒にいたの? なんで!?)
浩一は美鈴に、『華と二人きりで話せば絶対にヨリを戻せる』と豪語していた。なら、二人きりになれる機会を設けてやろうと美鈴が動いたわけだ。浩一は喜んで、『資料室で二人きりになれれば、その後は必ず食事にでも連れ出して話せる。その後はなんとでもなる』と宣言していた。
実際のところ、そんな簡単に華がヨリを戻すかは分からないと思った。ああいう女は頑固だからだ。
でも別にそんなのはどうでもよかった。食事くらいなら強引に連れ出せるだろう。一度話し合うことは必要だから。
華と浩一が二人きりで夜に食事かどっかに行ってくれれば、それを利用して朔弥と距離を縮められる。そう、『華は秋山と上手く行ってる』なんて伝えれば、朔弥は華の事なんてすぐに放ってこっちに来るはずだから。この隙に動いて、朔弥と既成事実さえ作ってしまえたら。
二人で飲みに行けば、絶対落とせる。
――そう思っていたのに、なぜ華と朔弥が一緒に? 浩一は何をやってるというのか。
『えっ……あれ? 秋山さんがそう言ってたんですけど……? え~……?』
「あのさ。こうやって佐々山さんの話を他の人間に話すのって、よくやるの?」
『え……? いえ、私は深見さんが最近佐々山さんと親しそうだったから』
「だからって不確かな情報をベラベラ話すのってどうなの? 佐々山さんは前も変な噂が流れて嫌な思いをしたらしいけど、君関わってるんだ?」
非常に冷静な声だった。美鈴はぐっと言葉に詰まる。現に、華の婚約破棄の噂を広げたのは自分だった。
だがそんなことを認めるわけにはいかない。
『気を悪くしたらごめんなさい! ただ、深見さんが心配だっただけなんです。それに、佐々山さんが幸せになれるっていうのは単純に嬉しかったんです。元カレが忘れられなかったのにその人と結ばれるなら、って。だから悪気はなかったんです』
「……それ全部嘘だからね。佐々山さんは秋山さんに未練はないって断言してた。だから二度と誤解を招くようなことは言うな。他の人にも言ってたりしないよね?」
『もちろんですよぉ。深見さんだけです』
「ならいいけど。二人が復縁ってありえないと思うから」
『……でも、案外女は長く付き合った男性をすぐに忘れられないものですよ? 口ではどう言ってても、ほだされることは多いんですから』
電話の向こうの朔弥が黙る。美咲はほくそ笑んだが、それでも朔弥は言った。
「別にそれならそれでいいよ。ただ、佐々山さんから聞いたことを信じてる。それだけ。じゃあ」
朔弥はそう言って電話を切った。美咲はゆっくり耳からスマホを話し、強く爪を噛む。
(役に立たねーなあいつ! せっかく二人きりにしてやったのに、食事にすら連れ出せないってどういうこと!? しかもあの女と深見さんが一緒にいるとか、最悪)
想像以上にポンコツだったみたいだ。あいつに期待した自分が馬鹿だった。
ふうとため息をつくと、丁度注文したオムライスが運ばれてきた。美咲はスプーンを手に取り、オムライスに載ったケチャップを眺める。
「やっぱりちゃんとした証拠がないとだなあ」
だって、私も受け入れたのに。
嫌だったらそう言うし、まず家にだって上げない。
でも彼はきっと、告白の返事も貰ってないのに手を出してしまった……と反省しているんだろう。きちんと返事を言っていない自分が悪い。
「って違う、何を口走ってるんだ俺は? 脳みそが自分の物とは思えない……」
「深見さん。あのですね」
「本当にごめんなさい。謝って済む問題じゃないのは分かってるけど、謝ることしか出来ない。本当に本当に、すみませんでした!!」
朔弥は床に額を擦りつけながらそう大声で謝罪すると、すぐさま荷物を抱えて部屋から飛び出してしまった。こんな男と密室で一緒にいるなんて、佐々山さんは恐怖に違いない……そう思ったゆえの行動だった。
華が止める隙も無く、朔弥は大慌てで出て行ってしまう。引き留めようと出した右手が、虚しい。
あっという間の出来事だった。残ったのはコーヒーとクッキーだけ。
華はしばらく呆然とした。
「……止める間もなかった……」
風のように去っていった。キスだけして、あんなにパニックになって慌てながら謝って。
華は静かになった部屋で、そっと自分の唇に触れる。
……嫌じゃなかった。
むしろ……
そこまで考えて、ぼっと顔が熱くなる。馬鹿、そもそもきちんと告白の返事を言っていない私が悪いんだ。こんなことなら早く言っておけばよかった。そしたら……
「……そしたら何よ……」
熱すぎる顔を両手で覆う。今更ドキドキが凄くて止まらない。
「って、一人で考えてる場合じゃない」
すぐに彼に説明しないと。そう思ってスマホを取り出した。今ならまだ電車には乗っていないはず。華は電話を掛けた。
ところが。
「……話し中だ」
誰かと通話中らしかった。
「どうしよう。とりあえずメッセージを打っておこうかな。でも返事をラインで、っていうのはどうかと思うし……」
せっかくならちゃんと話したいもんね。
そう思った華は、朔弥にラインを送った。――ほぼ、告白の返事のような内容を。
『深見さん、送ってくださってありがとうございました
先ほどのことは全く気に病む必要はありません
明日、帰りまた話せますか?』
キスしたことを怒ってない、気に病む必要はないと言われたら、普通勘づきそうなものだが。
「……明日、ちゃんと言おう。もう浩一のことがとか言ってられないよね」
華は小さく呟いた。
駅までの道を全速力で走った朔弥は、コンビニが見えたところで一旦足を止めて乱れた息を整えた。寒い夜空に白い息が上っていく。走りすぎて痛くなったわき腹を抑えて、彼は嘆いた。
……やってしまった。
深いため息をついてよろよろと近くの電柱にもたれる。
「最悪だ……幻滅されたよな……」
家にまで上げてもらったというのに、その信頼を裏切った。きっと佐々山さんは自分に幻滅したに違いない。
でもだって……。
「可愛すぎたんだよ……」
あんなセリフを簡単に言ってしまう彼女が怖くすら感じる。あまりにも可愛くて、自分の思考が全部ぶっ飛んでしまった。
「謝ったけどもうだめだよな……どうしよう」
ふらふらの足で歩みを進めていると、ポケットに入っていたスマホが鳴った。もしや、佐々山さんか!? と勢いよく取り出してみれば、全くの別人からだった。
『大島美鈴』
「……大島さん? なんで?」
朔弥は首を傾げる。メッセージのやり取りは何度かしたけど、電話は初めてだ。
あ、そういえば彼女は今日何かトラブルがあったんだったか。仕事関係のことなのかもしれない。
朔弥は何とか仕事モードに切り替えて電話に出る。
「もしもし?」
『あ、深見さんですか? よかったあ~電話に出てくれて』
嬉しそうな美鈴の声が聞こえた。やはり何かあったのかと、朔弥は鋭い声で尋ねる。
「どうしたの? 何かあった? 今日、なんかトラブルあったんだよね?」
『え? ……あ、違うんです。それはもう片付きました!』
美鈴はそう答えたので脱力する。なんだ、仕事で何かあったわけじゃないのか。
「そう。じゃあどうしたの?」
『私、深見さんが心配で電話掛けちゃったんです……秋山さんって、佐々山さんの元カレなんですよね? どうやら復縁するみたいです』
華の名前が出てきたのは予想外で、朔弥は固まる。
一方電話の向こうでは、静かなカフェで一人優雅に過ごす美咲がいた。彼女はアイスティーを前に足を組んで座り、声とは裏腹に微笑みながら朔弥に話していた。
彼女はアイスティーに添えてあったミルクを入れ、ゆっくりストローでかき混ぜる。
『結婚するつもりだったけど別れちゃったみたいで……私以前、佐々山さんを合コンに誘ったことあるんですけど、秋山さんが忘れられなかったみたいで全然乗り気じゃなくて……』
「……」
『深見さん、最近佐々山さんと親しくしていたでしょう? だから大丈夫かな、って。秋山さん、凄く佐々山さんを大事に思ってるみたいですよ。第三者が入る隙ないって言うか……あ、今どこですか? よければ今から、飲みません? 私、深見さんの話を聞きたくて……』
「それ誰が言ってたの?」
朔弥の低い声が尋ねた。美咲は答える。
『秋山さんですよ。でも、佐々山さんが結婚まで考えた人がいるっていうのは結構前から有名だったんです。深見さんは来たばかりだから知らないと思うけど……五年も付き合ってたんですって。今、二人は一緒にいるみたいです。佐々山さんは幸せになれてよかったですよね。ただ……』
「それ噓だから」
朔弥が即答したので、美咲が少し目を見開いた。
『……嘘?』
「それ秋山さんの虚言。佐々山さんはそんなつもりないって、今さっき本人の口からきいたよ」
一気に美鈴の顔が怒りで歪んだ。思っていた台本とだいぶ違ったからだ。
(は? 深見さんがあの女と一緒にいたの? なんで!?)
浩一は美鈴に、『華と二人きりで話せば絶対にヨリを戻せる』と豪語していた。なら、二人きりになれる機会を設けてやろうと美鈴が動いたわけだ。浩一は喜んで、『資料室で二人きりになれれば、その後は必ず食事にでも連れ出して話せる。その後はなんとでもなる』と宣言していた。
実際のところ、そんな簡単に華がヨリを戻すかは分からないと思った。ああいう女は頑固だからだ。
でも別にそんなのはどうでもよかった。食事くらいなら強引に連れ出せるだろう。一度話し合うことは必要だから。
華と浩一が二人きりで夜に食事かどっかに行ってくれれば、それを利用して朔弥と距離を縮められる。そう、『華は秋山と上手く行ってる』なんて伝えれば、朔弥は華の事なんてすぐに放ってこっちに来るはずだから。この隙に動いて、朔弥と既成事実さえ作ってしまえたら。
二人で飲みに行けば、絶対落とせる。
――そう思っていたのに、なぜ華と朔弥が一緒に? 浩一は何をやってるというのか。
『えっ……あれ? 秋山さんがそう言ってたんですけど……? え~……?』
「あのさ。こうやって佐々山さんの話を他の人間に話すのって、よくやるの?」
『え……? いえ、私は深見さんが最近佐々山さんと親しそうだったから』
「だからって不確かな情報をベラベラ話すのってどうなの? 佐々山さんは前も変な噂が流れて嫌な思いをしたらしいけど、君関わってるんだ?」
非常に冷静な声だった。美鈴はぐっと言葉に詰まる。現に、華の婚約破棄の噂を広げたのは自分だった。
だがそんなことを認めるわけにはいかない。
『気を悪くしたらごめんなさい! ただ、深見さんが心配だっただけなんです。それに、佐々山さんが幸せになれるっていうのは単純に嬉しかったんです。元カレが忘れられなかったのにその人と結ばれるなら、って。だから悪気はなかったんです』
「……それ全部嘘だからね。佐々山さんは秋山さんに未練はないって断言してた。だから二度と誤解を招くようなことは言うな。他の人にも言ってたりしないよね?」
『もちろんですよぉ。深見さんだけです』
「ならいいけど。二人が復縁ってありえないと思うから」
『……でも、案外女は長く付き合った男性をすぐに忘れられないものですよ? 口ではどう言ってても、ほだされることは多いんですから』
電話の向こうの朔弥が黙る。美咲はほくそ笑んだが、それでも朔弥は言った。
「別にそれならそれでいいよ。ただ、佐々山さんから聞いたことを信じてる。それだけ。じゃあ」
朔弥はそう言って電話を切った。美咲はゆっくり耳からスマホを話し、強く爪を噛む。
(役に立たねーなあいつ! せっかく二人きりにしてやったのに、食事にすら連れ出せないってどういうこと!? しかもあの女と深見さんが一緒にいるとか、最悪)
想像以上にポンコツだったみたいだ。あいつに期待した自分が馬鹿だった。
ふうとため息をつくと、丁度注文したオムライスが運ばれてきた。美咲はスプーンを手に取り、オムライスに載ったケチャップを眺める。
「やっぱりちゃんとした証拠がないとだなあ」