拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
助けて
「……え」
呆然としたまま華の口から小さな声が漏れた。それとほぼ同時に美鈴はにっこり笑い、玄関の扉を閉めていく。
「お、大島さん……!? 待って!」
華が必死に手を伸ばしたが、扉はバタンと閉まってしまった。そして伸びた手を、浩一が握る。
「華」
ぞわぞわっと背筋が凍る。これは身の危険を感じている、自分自身の警告だった。
華が恐る恐る浩一を見ると、とても穏やかな顔をしていて、それがなお恐怖心を増強させる。
「……ど、どういうこと……?」
「俺はさ、一度邪魔も入られない状況でゆっくり華と話したかったんだ。ほら、いつも途中で終わっちゃうだろ? だから、あの子に協力してもらった」
「……ここは浩一の家なの?」
「転職を機に引っ越したんだ。前の家より狭いけど、悪くないだろ?」
じゃあ、大島さんは全部知ってて騙したの?
華は愕然とし、ショックで頭が真っ白になった。彼女が体調不良だと思い、親切心でここまで送って来たというのに、全部嘘だったなんて。
元々敵意を感じていたけれど一体何がしたいの? 私、そんなに大島さんに嫌われるようなことをしてきただろうか。
何も言えなくなった華の手を浩一がグイっと引っ張った。そのまま家の中へ連れて行こうとする。それに気づいた華は必死に拒否した。
「や……やめて、はなして!」
「仕事終わりでお腹空いてるだろ? 飯食べようぜ」
浩一はものすごい力で華の手首を握っており、痛みで華の顔は歪んだ。振り払えそうにない。全く力がかなわない。
ほぼ引きずられるような形で廊下を進み、浩一がリビングへの扉を開けた。するとふわりといい匂いが漂ってくる。
あまり広くない部屋の中央にはローテーブルがあり、そこに食べ物がずらりと並んでいた。グラタン、サラダ、ミネストローネ、ピザにガーリックトースト。どれも華の好物ではあった。
「華が好きな物を用意しておいたんだ。サラダとスープは俺が作ったんだよ!」
付き合っている時は華が作ってばかりで、浩一が料理をする姿なんて見たことがなかった。
(何を今さら……)
全く心が躍らない華に、浩一は続ける。
「ケーキもあるよ。華って甘い物好きだったろ?」
「……ねえ、こんなことして一体何を──」
言いかけて、華は止まる。テーブルの先に異質なものを見つけたからだ。
三脚にセットされたビデオカメラ。テーブルと、その後ろにあるベッドの方を向いている。ビデオカメラは赤くランプがついていて、録画中と思われた。
(なんでビデオカメラ……?)
怪訝な顔をした華の手を、また浩一が強く引いてテーブルの前に無理やり座らせた。浩一も隣に座り、置いてあったスプーンでグラタンを取る。
「ほら華、あーん」
絶句するしかない。
この状況で、私が食事を取れると思ってるの?
スプーンを持つ浩一が恐ろしくてならなかった。自分が付き合っていた彼と、本当に同一人物? 結婚まで考えたのだから、付き合っている間はそんなにおかしい人だとは思っていなかった。明るくて前向きな人だと思っていたのに。
青ざめる華を見て、浩一は笑みを失くす。
「食べないの?」
「……ねえ、何がしたいの……? あのカメラは何? どうして今更こんなに執着してくるの? 他の女性を好きになったのはあなたじゃない」
自分とは違うお洒落で綺麗な女性と浮気した。紛れもない事実だ。
浩一はスプーンを置く。
「言っただろ? 騙されたんだよ、俺。妊娠したなんて嘘つかれたんだよ?」
「でも妊娠する行為をしたのは同意の上でしょう」
「それもさ、あっちが誘って来たんだよ! 二人で飲みに行きましょうって……男なら誘われれば行くじゃん? 酔って、向こうがべたべた触ってきたらその気にもなる。あっちが悪いんだって」
随分と身勝手な言い分に華は眉間にしわを寄せた。
彼女持ちの男性を誘う向こうもどうかしてるのは間違いないと思うが、乗った浩一も同レベルではないか。
「その後も『二番でもいい』なんていじらしい事言ってたくせにさ……」
「何度も繰り返してたのね。それはもはや酔った勢いという言い訳も使えないんだけど」
「でも急に妊娠したって! 俺は男として責任を取らないとと思っただけ。俺の善意と責任感の強さを利用して……! 式場も、せっかく予約したんだからそこで挙げようとしただけなのに、友達も親も非常識だってわめいて」
浩一が怒りで顔を赤くしていく。いまだに華の手首を握る手もぶるぶると震え、なお一層力が入って華の顔が歪んだ。
「いや分かってる! 俺も悪い所はあった! 凄く反省したんだよ!! 親はもう顔を見せるなって言ってくるし、友達も誘っても誰も来なくなった。職場でも噂になって、白い目で見られるし……十分罰を受けた。辛かったんだよ。だからもう許されてもいいと思うんだ。華と一からやり直して、結婚して子供も生まれれば、親は水に流してくれるはず。友達だって、華が説得してくれればさ……」
「……なんで私がそこまでするの……? もうあなたのことを好きじゃないって言ったよね? 私は他に好きな人がいるって!」
華が叫ぶと、浩一がずいっと顔を近づけた。目を見開いて華を見つめるその光景が異様で、華はつい口を閉じる。
「あいつ? やたら邪魔してくるよな。確かに顔はいいし仕事も出来るみたいだけど、あんなのすぐに浮気されちゃうよ。モテるんだから。そしたらまた華は傷つくことになる。その点、俺はこれだけ反省してるんだからもう浮気なんてしない!」
「…………」
「それに何よりさ。口ではそう言っても、華は俺を忘れられないと思うんだよ。
だって華の初めてって、俺だったじゃん?」
浩一が満面の笑みでそう言った。
華は恐怖心で押しつぶされそうになる。