拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
反撃開始
朝の憂鬱な気持ちをどことなく醸し出しながら、すでにみんな自分の仕事に取り掛かっていた。
一日のスケジュールを確認したり、打ち合わせで必要な資料を最終チェックしたりと、それぞれ慌ただしく動いている。
そんな中、美鈴はぼんやりとパソコンを眺めていた。
(あの後上手く行ったかな~)
ボールペンをカチカチと出し入れしながら考える。
まあ普通、マンションにまで連れ込まれればなかなか逃げ場はないよね。運よく逃げたとしても、証拠はしっかりあるでしょう。
(ヨリを戻すか戻さないかは興味ないけど、とりあえず信頼さえ無くせばいいんだよね~)
朔弥から華への絶対的な信頼。あれさえ崩せば、こっちに勝機がやって来る。
美鈴は一人でほくそ笑んだ。あんな地味女に騙されてたと知り傷心中の男なんて、絶対簡単に落とせるもんね。酒飲ませてちょっと体を密着させればもう終わりだし。
さて、いつ頃動こうかなあ……。
そんなことを考えていると、少し離れた場所にいた上司が、何やら神妙な顔で同僚を呼び出していた。なんとなくその光景が気になった美鈴は静かに視線で二人のを様子を追う。
上司に何かを告げられた同僚は驚いた様子で目を見開いた。何か仕事上でトラブルでもあったのだろうか。
二人は少し話した後、すぐに離れる。同僚がこちらに近づいてきたので、気になった美鈴はいつもの高い声で尋ねる。
「どうかしたんですか? トラブルなら、お手伝いしますよ!」
「ああ、大島さんありがとう。そうじゃなくて、入ったばっかの秋山さんがさ、急に辞めちゃったらしいんだよ。ほら、俺指導係みたいなことしてたから」
「えっ?」
美鈴の口から戸惑いの声が漏れる。
……辞めた? どうして?
脳裏に様々なパターンが思い浮かんだ。中には一番最悪な展開も。
だがすぐに、美鈴は冷静になる。
(まあ、こうなってもいいように私はちゃんと準備してあるからね。巻き込まれるのは勘弁だから)
「そうなんですかあ。突然でびっくりですね。理由は?」
「一身上の都合としか教えてくれなかったって。あーあ、せっかく人が入ったのにな~」
同僚がぶつぶつ言いながら自席に戻っていく。それを見送った後、美鈴も一旦パソコンの方を向いた。
……いなくなるとか。絶対失敗したじゃん。どうなったんだろー……。
美鈴がぼんやりと考えている時だった。
突然背後から腕が出てきて、美鈴のデスクの上に置かれた。
見上げると、微笑んだ朔弥がこちらを見下ろしている。
「あ、深見さん。おはようございます!」
「おはようございます。大島さん、体調はもう大丈夫なの?」
「はいすっかり! ご心配ありがとうございます~!」
美鈴はガッツポーズを作って笑顔を見せた。朔弥はそれを冷ややかな目で見ている。
「そっかそっかならよかった。体調悪いのにいろいろ聞くのもなあ、って思ってたんだよね」
「え、何かありました?」
「佐々山さんになんか恨みでもあんの?」
突然低い声で朔弥が尋ねる。美鈴は一瞬固まった。
(……何を知ってるんだろう……?)
冷静に頭を巡らせる。でもこのタイミングでの浩一の退職は、昨日あの後作戦が失敗して最悪なことになったと考えるのが自然だ。
(ほんとに最初から最後まで使えなかったなあいつ……でもまあ大丈夫)
私も『騙された側』だから。
「え? 何でですか? 佐々山さんにはお世話になってますもん! 大事な先輩ですよ!」
「じゃあなんで昨日、佐々山さんを騙して秋山の家に連れてったの?」
朔弥は単刀直入に尋ねた。そんな彼の少し後ろには、華が立っている。
二人の不穏な雰囲気を感じ取った周囲の人間が、徐々にちらちらと注目していく。だが美鈴は全く気にしていないそぶりなので、朔弥は気になった。
(全然慌てないんだな……さては何か策があるな……?)
美鈴は全く顔色を変えないまま答える。