拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
そのままの君で
仕事が終わった華は、会社の前にあるカフェで一人コーヒーを飲んでいた。
寒さはさらに増しており、外は雪がちらついている。窓際のカウンターに腰かけ、温かなコーヒーで体を温める。ふうと息を吐いて、じんわりと体が体温を取り戻していく感覚を味わっていた。
するとその時、後ろから声を掛けられる。
「あれっ。佐々山さんじゃーん!」
振り返って見てみると、男性がにこにこしながら一人立っている。華はゆっくり眉間にしわを寄せた。
見覚えはあるけど、誰だっけ。私の名前を知ってるんだし、仕事で関りがあったんだよね? えーと……。
彼は許可なく華の隣に腰かけると、笑顔で話し続ける。
「なんかいろいろ大変だったらしいね! いやー美鈴ちゃんって可愛い顔しながら怖かったんだね~まあ、佐々山さんの婚約破棄の話題を面白がって言ってた時、どうかと思ったけどね」
華はあっと思い出す。
(いつだったか大島さんに連れて行かれた合コンでいた人か……)
あれ以降関わることもないので忘れていた。確かに、彼はあの場にいた一人だ。
確か、華の婚約破棄の話を笑いながら聞いていた。華を『年が離れすぎてて無理』みたいなことを言っていたはずだ。(実際にそこまで離れてないのだが)
華は彼の名前すら思い出せなかった。
「あの……」
「なんか噂だと、大島さん闇落ちしてるらしいよ。再就職先も見つからなくて、生活苦しいからお金貸してくれって連絡が来たとか」
「……また噂話ですか」
「あんなに可愛いってもてはやされて人気者だったのにね? やることえぐかったもんなー女は見かけによらないね!」
美鈴のその後の噂は、華も耳にしていた。でも、面白がって噂するのは好きではない。
「いやーでも佐々山さん、最近急に綺麗になったよね!? こっちでも噂になってるよー。まあ、俺は元々可愛いなって思ってたんだけどね!」
(一体どの口が……)
「一人? よかったらこの後、飲みに行こうよ。あの時、大島さんの発言を止められなくてごめんね。お詫びさせてよー!」
軽い口調で謝り、華に手を合わせる男を、華は冷静に見ていた。
こんなに態度を変えるなんて……散々一緒に笑ってたくせに。
はあとため息をつき、華は口を開く。
「申し訳ないですが、私は……」
「佐々山さん!」
言いかけた華の言葉と被るように、朔弥の声がした。男と二人で振り返ると、朔弥が目を吊り上げてこちらを見ている。
つかつかと歩み寄って来た朔弥は、男の肩にぽんと手を置いた。
「なんか用ですか? 彼女と待ち合わせているんですが」
笑顔。でも目の奥が全く笑っていない、不気味な笑顔。
男は顔が引きつる。
「あ、いや別に……」
「用があるなら俺がかわりに聞きますけど? あんま佐々山さんに近寄らないでもらえます?」
朔弥が低い声で言うと、男は逃げるようにその場からすぐにいなくなった。朔弥は男の後ろ姿を睨みつける。
「佐々山さんに近すぎるっつーの。ちょっと目を離したらこうなんだ……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、朔弥は怖い顔をしたままだ。華は朔弥に頭を下げる。
「深見さん、ありがとうございました。助かりました」
華にお礼を言われた朔弥は華を見て、ぱあっと顔を明るくした。華にお礼を言われて心から喜んでいるのが誰にでもわかる、嬉しそうな顔。
華は小さく笑った。
(深見さんってほんと分かりやすいな……)
朔弥はいそいそと華の隣に腰かける。
「ううん! 俺が待たせてたせいだから。ごめん」
「いいえ、お疲れ様です」
「はあ。最近ああいう輩が多くて困るよ。佐々山さんを一人にしておけないな」
「……深見さんが助けてくれたから大丈夫です」
「タイミングがたまたまよかったけどさ」
「『俺の女に手を出すな』とか言うのかと思いました」
「一瞬頭をよぎったんだよ。でも止めといたの、どう?」
朔弥が真面目な顔をして華に訊いてきたので、華は笑ってしまう。その笑顔につられるように朔弥も笑った。