拗らせ俺様が犬系彼氏になった理由
 しまった、と思った時にはもう遅かった。


 美鈴は答えにつまり、小さく後退する。

 朔弥はそんな美鈴から目を離さず、じっと睨み続けた。

「教えてよ。俺一言もポーチなんて言ってないよね? 確かに佐々山さんは、リップが入っていたポーチごと失くしたんだけど」

「それ……は……」

「もしかしてそれも君? 盗ったの?」

「盗るなんて、そんな……」

「これまでたくさんついてきた噓。もう君の話を信じる人なんて誰もいないからね」

 美鈴はゆっくりと辺りを見回した。

 軽蔑の視線が集まっていた。中には、今まで自分をちやほやしていた男も、仲良くランチに行った女友達もいた。友達ですら、引いた目で美鈴を見ているだけ。助け舟なんて出してくれない。

 全身が震え出す。

「……私は……」

「秋山さんは、佐々山さんの意見もあってとりあえずは警察に出してない。でもそれだけのことをしたし、君はそれに協力したんだよ。他にもいろいろやらかしてるっぽいねえ? どうすんの、これ?」

 朔弥が冷たい声で言い、美鈴の体が跳ねる。

 こんなはずじゃなかった。

 ちょっとした嫌がらせをしただけじゃない。大したことはしてない。二人の仲をこじらせて、彼の気持ちが私に戻るようにしただけなのに。

 でもそもそも、私を好きじゃなかったなんて――

 しん……と沈黙が流れた後、その場から勢いよく逃げ出したのは美鈴だった。鞄だけをひったくるように持ち、凄まじい形相で出て行ってしまう。止める隙もなく、みんなぽかんと見送るしか出来なかった。

 嵐のような時間が過ぎ、全員どうしていいか分からない、というように立ち尽くすだけ。

 朔弥はちらりと時計を見て、沈黙を破った。

「仕事前にお騒がせして申し訳ありませんでした。どうしても本人に早く確かめたかったもので。みなさん仕事に戻ってください」

 朔弥の言葉を合図に、みんな戸惑いつつそろそろと動きだす。目の前で起きた一連の流れが信じられない気持ちでいっぱいだった。

 朔弥はこそっと華に言う。

「上司にも報告しに行こう。今の会話、全部録音しておいたから」

「はい。あ……ちょっと待ってください」

 華はその場から離れようとしていた丸井を慌てて追い、彼女に声を掛けた。

「丸井さん! あの……ありがとうございました」

 丸井は振り返り、ニコッと笑って見せる。

「いえいえ、私は正直に思った事を言っただけですからあ! なんか大変でしたね。お疲れ様です。なんかびっくりですよ、大島さんあんな人だったんですね。一時期やたら佐々山さんの噂が流れてたのも、あの人の仕業だったなんて」

 恐らく華が婚約破棄された、という噂だろう。

 だが丸井はすぐにふっと表情を緩めた。

「でも、深見さんが絶対的な味方でいてくれてよかったですね!」

 丸井の言葉に、華は微笑んだ。



 その後、美鈴は一度も職場に戻ることなく退職してしまった。

 上司は『まずは双方から話を聞きたい』と美鈴に連絡をしたそうだが、彼女は答えなかったのだ。荷物を取りに来ることすらせず、まるで逃げるようにいなくなってしまい、それはさらに周囲の人々を失望させた。

 『逃げたんだね』……つまり、やはり朔弥の話通りだったという証明になった。

 リップに関しても美鈴がやったんだとようやく華は知ることになったが、残念ながら確かな証拠がないため、それ以上の追及はしなかった。

 華にとっては浩一と美鈴が職場からいなくなり、平穏が訪れたので十分だと思ったのだ。周囲の人間からは美鈴の正体に呆れ、華に労いの言葉をかけつつ、気づけなくて申し訳なかったと謝罪をもらった。

 これまでと比べぐっと働きやすくなったので、華としてはもう満足だった。

 ちなみに美鈴は退職後、『自分ならすぐにいい会社に転職できる』と自信を持っていたのだが、前職の退職理由を尋ねられた際、『職場のお局に虐められて……』などと噓を並べまくった結果、見事に落ち続け、挫折を味わうことになる。

 美鈴が受ける会社ではどこも雇ってもらえず、日に日に彼女は落ち込んでいった。

 プライドが高いためいい会社しか眼中になかった彼女は仕事が見つからず、しばらく経ってお金に困り実家に戻ったと、華は風の噂で聞いた。

 

 
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