ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。
第二十夜:本物の相手
微かに秋の気配を感じられる、よく晴れた火曜日。
私はある場所へと向かうため、午前中に家を出た。
陽が差し込む、ガラガラの下り電車に乗る。
急行もあるけれど、あえてゆっくりと進む各駅停車を選んだ。
一時間後、実家の最寄駅に着いたけれど、ここでは降りない。
その三駅先、今度は母校の最寄駅に着く。
窓の外、毎日通った駅前のロータリーを眺めた。
ハルとの瑞々しい思い出が、数え切れないほど詰まっているところ。
しかし、ここでもまだ降りないままでいる。
そのさらに三駅先で、ようやく私は席を立った。
◇
多くの車が行き交う大通りを歩くこと、十分ほど。
淡いグレーのマンションが見えてきた。
エントランスで呼び鈴を鳴らすと、元気な返事とともにオートロックが解除される。
エレベーターで十階まで上がり、目的の部屋に近づくと、扉から顔を覗かせている人物が見えた。
「マナちゃーん」
「お義母さん!」
そう。ここは、ハルの実家だ。