ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

最終夜:もう、降参するよ。


 空は分厚い灰色の雲に覆われ、雨が降ったり止んだりを繰り返している。
 日照時間も短く、気温も日本より数度低いロンドンは、すでに真冬のような寒さだ。

 赴任から三か月。
 言葉の壁や容赦ない業務の波にもようやく慣れ、生活の基盤は落ち着きを見せ始めていた。


 しかし――俺は今、どうしようもない苛立ちに支配されている。


 霧雨に濡れた石畳の趣や、古い街並みを彩るイルミネーションも目に入らない。
 凍てつく夜風を切りながら、革靴の踵を荒々しく鳴らして歩く。

 俺の心を乱す原因は、一つしかない。
 それは、マナだ。

 渡英してから毎日欠かさず、時差を縫って電話を繋いでいたというのに。
 突然『二日間くらい、電話できないかも』と伝えられ、昨日から声も聞いていなければ、顔も見られていない。


 ――浮気してるんじゃ、ないよな。


 冷たい画面越しでしか、彼女の存在を感じることができない今の状況。
 よからぬ妄想ばかりが膨らみ、焦燥感が募っていく。
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