終わらない夜に
8.星屑のなかで
母と向き合った日。
帰宅してから名執さんが差し出してくれたのは、婚姻届だった。
少し緊張しながら互いの欄を埋めて、本当に夫婦になるのだと改めて実感できる。
そして証人の欄を誰に頼もうかとなったところで、私はずっと心残りだったことを名執さんに話した。
「この証人の欄、名執さんのご両親にお願いできませんか?」
「俺の?」
突然の私の申し出に、名執さんは渋い顔をする。
きっと自分の母親と私とのあいだにあったことを予想し、さらに桜川さんとのこともあり……すんなりと『そうだね』とは言えないのだろう。
「つぐみ。結婚して家族になるからといって、無理に俺の親と仲良くなろうとする必要はないよ」
私のためを思って言ってくれているのであろう彼に、私は首を横に振る。
「家族になるから仲良くなりたいわけじゃないです。そりゃあ仲良くなれるにこしたことはないですけど!でも、ちゃんと理解したくて」
私の母のように、まったく分かり合えない人もいる。
だけど、名執さんのお母さんたちがそういう人なのかはまだわからない。
「確かに名執さんのお母さんの言葉はすごく真っ当で、痛くて……4年前、それで名執さんから離れることを決めました。黙っていてごめんなさい」
「ううん。俺こそなにも気付けなくて、つぐみひとりに苦しい思いをさせて、本当にごめん」
申し訳なさそうに悲しい顔をする名執さんに、私は「でも!」と彼の方を向き直る。
「今考えてみると、お母さんなりに子供や会社を思っての行動だったのかもって思うんです」
「うちの母親が……?」
「はい。息子に少しでも幸せになってほしいとかいらない苦労をさせたくないとか、そう思って私を遠ざけたんじゃないかなって」
自分も親になって、わかった。
自分の子供はとてもかわいくて愛おしくて、この先この子たちを苦しめるなにかが起きたら、自分が身代わりになってあげたいと。
その感情がいきすぎて、ときに誰かを傷つけてしまうこともあるのかもしれない。
そう思ったら、ただ一方的にお母さんを責めることはできないと思った。
だからこそ余計に、きちんと理解したい。
「名執さんから見て、お母さんはどんな人ですか?」
私の問いに、名執さんは少し考えてから照れくさそうに髪をかく。
「そうだね。はっきりしていて厳しくて、でもなんだかんだ大切に育ててくれた人だとは思う」
大切に育てられた、名執さん自身がそう感じるのなら、やっぱり悪い人ではないのだと思う。
「じゃあ、その感覚を信じて一度ちゃんとご両親とお話がしたいです。おふたりとも忙しいかもしれないですけど……その場を設けてもらえませんか?」
お願いします、と頭を下げると彼は困った顔で私の頭を上げさせた。
「つぐみがそこまで言うなら……気は進まないけど、週末桜川との顔合わせがとか言っていたから、その日なら両親ともに揃ってると思う」
桜川さんとの……そういえば昼間、『今週末に顔合わせがある』と言っていた。
私たちはその時間より前に行き、ご両親に話をする算段で計画を立てた。
なにを言われるだろうか。どんな目を向けられるのだろう。
わからないけど、ちゃんと話すんだ。
そう心に強く決めた。