消して、奪って、きみだけを
●最終章 きみの隣
まばらな粒だった雨がいつの間にか勢いを増し、細い銀色の針みたいに鋭く肌を突き刺してきた。
おぼつかない足取りで雨の中を駆け抜ける。
水溜まりが跳ねるたび、もつれて転びそうになった。
『わたしがいれば十分でしょ?』
幼いわたしの言葉が首元に絡みつき、圧迫してくる。
『うん。僕には羽衣ちゃんしかいない』
彼の孤立を助長していた、それも事実。
無邪気な罪であることに気づき、そうやって彼を縛りつけていたことを後悔してきた。
だけど、わたしがずっと苛まれてきた罪悪感の根源は、罪は、もっと根深い。
────あの頃、彼とは毎日一緒だった。
だからこそ、最初にわたしが気づいた。
わたしだけが気づいた。
『叶人くん、それどうしたの?』
春の終わりのいつもよりあたたかい日だった。
帰る前に学校の花壇で花に水をやっていたときのこと。
隣に屈んでいた彼の、色白の透き通るような腕を指して尋ねる。
そこには赤紫色の痛々しい痣が浮かび上がっていた。
『あ……』
『いたい? 大丈夫?』
思わず伸ばした手が届く前に、さっと立ち上がった彼は捲っていた袖を下ろす。
慌てたように身体ごと背けて目を逸らした。
『……なんでもないよ。ぶつけただけ』
きゅ、と袖を押さえるようにして腕を掴んだまま小さく答える。
見えたのが一瞬だったせいか、毒々しい花びらみたいな痣がかえって脳裏に焼きついてしまった。
『そう……?』
何となく覚えた引っかかりを飲み込んで、首を傾げるに留まる。
────決定的な出来事はその数日後に起こった。
いつものように叶人くんと遊んだ放課後、公園は沈みかけた夕日で黄金色に包まれていた。
時間を確かめた彼は眉を下げて小さな声で言う。
『僕、もう帰らないと……』
おずおずとうつむいた叶人くんの影が地面に伸び、寂しげに揺れる。
彼の家は門限が厳しく、陽光の色が変わると彼はいつも忙しなく時計を見上げていた。
1分でも遅れると叱られるのだと言う。
叶人くんはお母さんとふたりで暮らしていた。
学校から帰る途中で家の前を通りかかると、だいたい庭で花に水をあげている。
広い庭には薔薇をはじめ色とりどりの花がたくさん咲いていた。
彼のお母さんはわたしに気づくと手を振ってくれるし、いつも上品に微笑んでいる印象が強いから、あまり怒っているところが想像できない。
だから、わたしは甘えてしまった。
『もう少しだけ』
引き止めるように彼の裾を掴む。
ひとりぼっちの寂しい家に帰るのがどうしても嫌だった。