消して、奪って、きみだけを

「本当に……?」

 そのとき、完璧な仮面が剥がれ落ち、音を立てて足元で砕け散った。

「いなくならない? 僕を捨てて、どこにも行かない……?」

 あの頃の彼と色濃く重なる。

 (かげ)った宝石みたいな瞳、儚げに揺れる表情────誕生日に泣きながらケーキを食べて、日暮れ頃に“帰りたくない”とわたしに縋った、寂しそうな男の子。

 瞬いたら幻みたいに消えてしまうんじゃないかと、この日々の方がむしろ夢だったんじゃないかと、締めつけるような不安がよぎった。

 叶人くんがずっと抱えていたのは、もしかしたらこういうことだったのかもしれない。

 もっと深くて重いだろうけれど、押し潰されるどころかずぶずぶ沈んでいくような感覚は、とてもひとりで抱えきれるものじゃない。

 頷くだけじゃ足りなくて、無性に抱き締めたくなった。
 すると、伸ばした手にぽつりと雫が落ちてくる。

「雨……」

 そう呟いて仰いだ涼が、はっとしたようにわたしに目をやった。

 ────ただ……あれからずっと、後悔があって。罪悪感って言う方が正しいかな。片時(かたとき)も忘れられないの。

 ────特に雨の日は夢にまで見る。決まって同じ夢を見るの。

 いつかの声が遠くに聞こえる。
 そのうち、無数の雨粒が当たっては弾けて透明な花を咲かせていった。

 カランカラン、と涼しげに鳴るドアベルの音。
 傘の盾を手にした兵士たち。

 立ち込めてきた雨のにおいが、過去と現実の境界を曖昧に溶かしていく。

「……っ」

 ぱちぱちと瞼の裏で線香花火が弾けたような感覚がして、頭の奥から割れるような痛みが響いてきた。

 記憶の海の底に沈んでいた一番大きなパンドラの箱が、勝手に開いていく。

(そうだ……。わたし……)

 震える手で頭を押さえた。
 雪崩(なだれ)みたいにあふれてくる記憶に呼吸をする隙も失い、たたらを踏む。

 箱の中に引きずり込まれ、溺れてしまいそうだった。

「羽衣……? 羽衣……!」

 いつになく焦ったような叶人くんの声も、どこか遠くにくぐもって霞んでいる。

 頭を(えぐ)るようなあまりの激痛と息苦しさに涙が滲むけれど、雨と混ざって流れていく。

 叶人くんの手が伸びてくる。
 身を震わせながら頭を抱え、弾かれたようにあとずさると、きびすを返して駆け出した。

「羽衣!」

 背中に届いた声もすぐに遠くなる。

「……っ」

 ない。
 資格なんてない。
 抱き締められる資格も、好きになる資格も、そばにいる資格も。

 許すのも、決めるのも、わたしじゃない。
 だって────。

 叶人くんからすべてを奪ったのは、わたしだった。
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