スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
2 彼の正体ととある提案
今年もロビーの真ん中に、クリスマスツリーが設置される季節になった。三階部分にまで届きそうなツリーは、上部のシャンデリアとともに温かな輝きを放っている。
例年、十一月に入ると周辺の庁舎や公園でクリスマスイルミネーションが始まる。それに合わせ、オリオンレジデンスホテル東京も毎年ツリーを設置しているのだ。
ロビーに流れる音楽もこの時期だけはクリスマスらしい曲に切り替わり、ホテル全体をわくわくしたムードで包み込む。
だが今日のバックオフィスはそんな表の雰囲気とは対照的に、なんだか覇気がない。
「鷲見様、今日でいなくなっちゃうんですね」
川西さんがそう言うと、彼女の周囲から落胆のため息がいくつか聞こえた。
朝の忙しい時間を過ぎた今。鷲見様はすでにチェックアウトされており、彼の荷物をフロントでお預かりしている状態だ。
「ほらほら、仕事。今日も笑顔で頑張るよ!」
辛気臭い雰囲気を一掃したくて、わざと笑顔で彼女たちに声をかける。すると、川西さんがはっと顔を上げた。
「そうだ。我がフロント課には、スパダリ樫江さんがいますもんね!」
急にキラキラした顔になり、川西さんはパソコン業務へ向かう。そんな彼女の背中を苦笑いで見届けたが、実は私の胸の内にも靄は残ったままだ。
小野様と穴山様のことでお世話になったあの日、お礼をと申し出た私に鷲見様は言った。
『時期が来たら、その時にお願いさせてもらう』
だがなにかをお願いされる『時期』は来ずに、鷲見様の滞在が終わってしまう。
おそらく鷲見様は、私に気負わせないためにそう言ったのであって、『その時』なんて最初から想定していなかったのだろう。彼のスマートな言い回しに、まんまと引っかかってしまったわけだ。
なんだか、申し訳ない。
ため息がこぼれそうになったが、先ほど彼女たちに『笑顔で』と言った手前、こぼすわけにはいかない。
私はバックオフィスの鏡に向かって笑顔をつくり、フロントカウンターへ向かった。
クリスマスツリーの前で、記念撮影されている若いカップルがいらっしゃる。私は他に問題がないことを確かめ、カップルのもとへ。
「お写真、お手伝いしましょうか?」
「わあ、ありがとうございます!」
ふたりをツリーの正面に誘導し、お預かりしたスマホを構える。仲睦まじく寄り添うふたりと、完璧な角度のツリーが入るようにシャッターを押した。
「ありがとうございました」
嬉しそうなふたりに笑みを向けたまま、私は彼らを見送った。
私の仕事は、このホテルに滞在されるお客様に、素敵な時間を過ごしていただくこと。去っていくカップルの背中を見届けながら、落ち込んでいる場合ではないと自分に言い聞かせる。
「樫江さん、バックオフィスにお願いできますか?」
不意にインカムから川西さんの声が聞こえた。宿泊中のお客様に、なにか問題でもあったのだろうか。
「はい、すぐに」
私はそう応えると、急ぎつつも笑顔で背を正し、バックオフィスへ向かった。
例年、十一月に入ると周辺の庁舎や公園でクリスマスイルミネーションが始まる。それに合わせ、オリオンレジデンスホテル東京も毎年ツリーを設置しているのだ。
ロビーに流れる音楽もこの時期だけはクリスマスらしい曲に切り替わり、ホテル全体をわくわくしたムードで包み込む。
だが今日のバックオフィスはそんな表の雰囲気とは対照的に、なんだか覇気がない。
「鷲見様、今日でいなくなっちゃうんですね」
川西さんがそう言うと、彼女の周囲から落胆のため息がいくつか聞こえた。
朝の忙しい時間を過ぎた今。鷲見様はすでにチェックアウトされており、彼の荷物をフロントでお預かりしている状態だ。
「ほらほら、仕事。今日も笑顔で頑張るよ!」
辛気臭い雰囲気を一掃したくて、わざと笑顔で彼女たちに声をかける。すると、川西さんがはっと顔を上げた。
「そうだ。我がフロント課には、スパダリ樫江さんがいますもんね!」
急にキラキラした顔になり、川西さんはパソコン業務へ向かう。そんな彼女の背中を苦笑いで見届けたが、実は私の胸の内にも靄は残ったままだ。
小野様と穴山様のことでお世話になったあの日、お礼をと申し出た私に鷲見様は言った。
『時期が来たら、その時にお願いさせてもらう』
だがなにかをお願いされる『時期』は来ずに、鷲見様の滞在が終わってしまう。
おそらく鷲見様は、私に気負わせないためにそう言ったのであって、『その時』なんて最初から想定していなかったのだろう。彼のスマートな言い回しに、まんまと引っかかってしまったわけだ。
なんだか、申し訳ない。
ため息がこぼれそうになったが、先ほど彼女たちに『笑顔で』と言った手前、こぼすわけにはいかない。
私はバックオフィスの鏡に向かって笑顔をつくり、フロントカウンターへ向かった。
クリスマスツリーの前で、記念撮影されている若いカップルがいらっしゃる。私は他に問題がないことを確かめ、カップルのもとへ。
「お写真、お手伝いしましょうか?」
「わあ、ありがとうございます!」
ふたりをツリーの正面に誘導し、お預かりしたスマホを構える。仲睦まじく寄り添うふたりと、完璧な角度のツリーが入るようにシャッターを押した。
「ありがとうございました」
嬉しそうなふたりに笑みを向けたまま、私は彼らを見送った。
私の仕事は、このホテルに滞在されるお客様に、素敵な時間を過ごしていただくこと。去っていくカップルの背中を見届けながら、落ち込んでいる場合ではないと自分に言い聞かせる。
「樫江さん、バックオフィスにお願いできますか?」
不意にインカムから川西さんの声が聞こえた。宿泊中のお客様に、なにか問題でもあったのだろうか。
「はい、すぐに」
私はそう応えると、急ぎつつも笑顔で背を正し、バックオフィスへ向かった。