スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
「スパダリって、この世に存在したんですね」
今日もバー88は、私と牛飼マスターだけだ。彼の淹れてくれたティフィンミルクを飲みながら、私はマスターについそうこぼしていた。
「私がどうにかしなきゃいけなかったのに、助けてもらってしました。不甲斐ないなあ」
言いながら、はあ、とため息をこぼす。すると、マスターがくすりと笑った。
「琴子ちゃんは、人に甘えるのが苦手だよね」
え?と顔を上げると、マスターは笑顔のまま続ける。
「いつも、自分でどうにかしなきゃって考えてる。それが、琴子ちゃんの強さでもあるとは思うけれど」
「……かわいげがないんですよ、私。従妹と違って」
お酒のせいか、マスターの優しさのせいか。つい、本音がぽろりとこぼれる。
「琴子ちゃんは、妹がいるのか」
「まあ、そういうわけでもないんですけどね」
自嘲のため息がこぼれた。自分の生い立ちを説明するのは、いつも躊躇してしまう。
私は小さな町工場、『樫江精機』のひとり娘として生まれた。父が立ち上げた会社は小さいながらもその品質のよさで評判がよく、さらに父の穏やかな性格も相まってそれなりに上手くいっていたようだ。楽しそうに仕事の話をする父と、それを妻としても事務員としても支える母は仲睦まじく、私の誇りだった。
私もいつか、あんなふうになりたい。そう思って勉強に励んでいたけれど、その日は突然訪れた。
私が中学一年生の冬。商談に出かけていた先で、父と母は交通事故に巻き込まれて死んだ。悲しみに暮れる私に救いの手を差し伸べてくれたのは、母方の兄家族、佐宗一家だった。
佐宗一家はもとより私の父母と仲がよく、私を引き取ってくれただけでなく、樫江精機まで継いでくれた。私は父母の働く様を見て育ったから、佐宗の伯父伯母に迷惑をかけまいと、彼らのひとり娘、四歳年下の莉緒ちゃんとよく遊んでいた。
莉緒ちゃんはどことなく頼りなくて、甘え上手。だから私がしっかりして、安心させてあげなければいけないと、いつもどこかで思っていた。
父母の遺した樫江精機を継いでくれた、佐宗家の伯父伯母のため。自分のことでも莉緒ちゃんのことでも余計な心配をかけさせまいと、幼心に思っていたのだと思う。
だからか、いつもそうやって周りの人が安心していないと、気が済まないたちになってしまった。
「大丈夫」「よかったよ」「ありがとう」
私が周りにそう声をかけるのは、相手の笑顔が見られないと、自分が不安になってしまうからなのかもしれない。
自分を納得させるために、自分の不安を誇大化させないために。そうやって生きてきたせいで、職場ではそれが〝スパダリ〟と持ち上げられてしまった。
それで今まではうまくやって来られたからよかったものの、鷲見様に出会い彼の言動を見ているうちに、自分は浅はかな人間なんじゃないか思うようになった。
「本当の私は、スパダリなんかじゃないのになあ」
ぽつりとこぼすと、マスターが突然口を開く。
「そういえば、琴子ちゃんと同じような悩みを持っているお客さん、最近来たな」
「え、そうなんですか?」
顔を上げると、マスターは「僕には〝スパダリ〟なんて、よくわからないけれど」と笑いながら、目の前にチェイサーを置いてくれた。ティフィンミルクの入っていたカップは、もう空だ。
「もしかしたら、琴子ちゃんみたいなことで悩んでいる人は案外多いのかもしれないねえ」
マスターのその言葉に、心が少し軽くなる。口にしたチェイサーの冷たさに、心がシャキッとするような気がした。
「マスター、ありがとうございます。明日からもまた、頑張ります」
そう言うと、マスターは「ほどほどにね」と優しく笑った。
今日もバー88は、私と牛飼マスターだけだ。彼の淹れてくれたティフィンミルクを飲みながら、私はマスターについそうこぼしていた。
「私がどうにかしなきゃいけなかったのに、助けてもらってしました。不甲斐ないなあ」
言いながら、はあ、とため息をこぼす。すると、マスターがくすりと笑った。
「琴子ちゃんは、人に甘えるのが苦手だよね」
え?と顔を上げると、マスターは笑顔のまま続ける。
「いつも、自分でどうにかしなきゃって考えてる。それが、琴子ちゃんの強さでもあるとは思うけれど」
「……かわいげがないんですよ、私。従妹と違って」
お酒のせいか、マスターの優しさのせいか。つい、本音がぽろりとこぼれる。
「琴子ちゃんは、妹がいるのか」
「まあ、そういうわけでもないんですけどね」
自嘲のため息がこぼれた。自分の生い立ちを説明するのは、いつも躊躇してしまう。
私は小さな町工場、『樫江精機』のひとり娘として生まれた。父が立ち上げた会社は小さいながらもその品質のよさで評判がよく、さらに父の穏やかな性格も相まってそれなりに上手くいっていたようだ。楽しそうに仕事の話をする父と、それを妻としても事務員としても支える母は仲睦まじく、私の誇りだった。
私もいつか、あんなふうになりたい。そう思って勉強に励んでいたけれど、その日は突然訪れた。
私が中学一年生の冬。商談に出かけていた先で、父と母は交通事故に巻き込まれて死んだ。悲しみに暮れる私に救いの手を差し伸べてくれたのは、母方の兄家族、佐宗一家だった。
佐宗一家はもとより私の父母と仲がよく、私を引き取ってくれただけでなく、樫江精機まで継いでくれた。私は父母の働く様を見て育ったから、佐宗の伯父伯母に迷惑をかけまいと、彼らのひとり娘、四歳年下の莉緒ちゃんとよく遊んでいた。
莉緒ちゃんはどことなく頼りなくて、甘え上手。だから私がしっかりして、安心させてあげなければいけないと、いつもどこかで思っていた。
父母の遺した樫江精機を継いでくれた、佐宗家の伯父伯母のため。自分のことでも莉緒ちゃんのことでも余計な心配をかけさせまいと、幼心に思っていたのだと思う。
だからか、いつもそうやって周りの人が安心していないと、気が済まないたちになってしまった。
「大丈夫」「よかったよ」「ありがとう」
私が周りにそう声をかけるのは、相手の笑顔が見られないと、自分が不安になってしまうからなのかもしれない。
自分を納得させるために、自分の不安を誇大化させないために。そうやって生きてきたせいで、職場ではそれが〝スパダリ〟と持ち上げられてしまった。
それで今まではうまくやって来られたからよかったものの、鷲見様に出会い彼の言動を見ているうちに、自分は浅はかな人間なんじゃないか思うようになった。
「本当の私は、スパダリなんかじゃないのになあ」
ぽつりとこぼすと、マスターが突然口を開く。
「そういえば、琴子ちゃんと同じような悩みを持っているお客さん、最近来たな」
「え、そうなんですか?」
顔を上げると、マスターは「僕には〝スパダリ〟なんて、よくわからないけれど」と笑いながら、目の前にチェイサーを置いてくれた。ティフィンミルクの入っていたカップは、もう空だ。
「もしかしたら、琴子ちゃんみたいなことで悩んでいる人は案外多いのかもしれないねえ」
マスターのその言葉に、心が少し軽くなる。口にしたチェイサーの冷たさに、心がシャキッとするような気がした。
「マスター、ありがとうございます。明日からもまた、頑張ります」
そう言うと、マスターは「ほどほどにね」と優しく笑った。