スパダリ御曹司はスパダリ偽装妻を溺愛で囲い逃がさない
 オフィスに入ると、さっそく川西さんが顔を上げて私を呼んだ。

「今日ご宿泊予定の穴山様、樫江さんが担当されると思っていたんですけど、なぜか担当から樫江さんの名前が消えていて」
「え?」

 二週間前、フロントで怒鳴って私を出せと言った穴山様。本日も宿泊のご予約があったため、私は対応を自分に一任してほしいと頼んでいた。
 あの時の事態をすべて把握している私が担当したほうがいいと、私が判断したのだ。

 彼女の背後からパソコンの画面を見ると、確かに私の名前が消えている。

「本当だ。穴山様の対応は私がしたほうがいいと思うから、もう一度名前を入れといてもらえる? 課長には私から伝えておく」
「はい、わかりました」

 と、彼女がマウスを触った瞬間だった。

「キャッ!」

 川西さんが小さな悲鳴を上げた。私たちの間に、見慣れぬスーツの腕が伸びている。上質な、光沢のあるウールのスーツだ。

「その担当、早乙女さんに変更しようと思って」

 その声に、はっと振り向く。そこにいた人物に、私は目をまたたかせた。

「わ、鷲見様!?」

 叫び声に似た大声を上げたのは、川西さんだ。

 隙なく着こなされたスーツ姿、整った顔に浮かぶ微笑。鷲見様で間違いないのに、彼のスーツの襟元には『オリオングループ』の社章が輝いている。

 川西さんは隣で、口をぱくぱくさせている。それを横目にちらりと見てから、私は彼の胸元に目をやった。
 従業員のつける、銀のプレート名札。名前は――。

「SHI、SHI、U、CHI……ししうち」

 そこまで呟き、私は見開いた。『獅子内』は、我がオリオンレジデンスホテルを経営する、オリオングループの一族の名前だ。

「樫江さん、ご名答。俺の名前は、獅子内北斗。オリオングループ会長、獅子内佳寿也(かずや)の息子だよ」
「か、会長の息子……お、お、御曹司……」

 川西さんはそう呟くと、その場でふらついてしまう。

「川西さん、大丈夫?」

 慌てて彼女の肩を支えたものの、川西さんは急にはっと姿勢を正した。

「御曹司様の前で、大変失礼をいたしました」

 そう言って、穴山様の担当者の名前に【早乙女】と入力しはじめる。そんな川西さんに、獅子内様はくすりと笑った。

「そんなにかしこまらなくていいよ。堅苦しいのは好きじゃないし、偽名を使ってここに泊まっていたのも悪いしね」

 笑みを向けられ、川西さんが急に目をぎゅっと瞑る。「キャー」という彼女の心の叫び声が、耳の奥のほうで聞こえた。
 だが私は、川西さんの文字入力を手で制した。

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