軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
19話 継母の崩壊



 源一郎は床に座っている。
 台所では、翠が棚からジギタリスを取り出し、怒りに任せて何包も茶に流し入れた。
「早く死んでもらわないとっ。もう、お金がないのよっ!」
 正気とは思えない般若の表情で、何度もかき混ぜていた。

「あなたっ! お薬ですわ!」
 盆を卓に叩き落とすような荒さで置いた。そして湯呑みを手にして屈むと、源一郎の口元まで持っていく。
 源一郎が虚ろな目でそれを見ているが、手を出そうとしない。
 翠は苛立ちが隠し切れなくなり、いきなり源一郎の後頭部を押さえ、茶を強引に飲ませようとした。
「やめろっ!!」
 しゃっと障子が滑った。
 そこには、将臣、凪が立っていた。その顔には、怒りが溢れている。
「な、なんなのよ。あんたたちっ!! 帰ったんじゃなかったの⁈」
 翠は驚いて、膝をつけたまま後へ退く。
 部屋に入った将臣が、強引に翠の手から湯呑みを奪い取った。
 中を覗くと、白濁した液が揺れていた。
「……これはまた、えらい量を入れたものだ。義父上を──殺す気か?」
 鋭い眼差しが翠を射抜いた。
 翠が息を詰める。
「な、何をおっしゃっているの。これは医者から処方されたお薬ですよ!! その薬を奪うなんて、お父様を殺す気なのは、あなたの方よっ!!」
 将臣に向けた翠の指は、わかりやすいほど震えていた。
 凪がすうっと前へ出る。その手には破かれた薬包紙や、見たことのないお薬の束。
「処方されている喘息のお薬をなぜ、屑籠に捨てていたのですか?」
「へ?」
 間抜けな翠の声が虚しく響く。
「そして、この薬包紙……クラフト紙に英字が書かれています。これは、西洋の薬ですね?」
 凪が翠の目の前に突きつけ、訊ねる。
「薬をすり替えて、一体、父上に何をしようとしていたのですか?」
 翠の顎がガチガチと震え出す。しかし、彼女はまだ諦めない。
「か、勘違いしないでほしいわっ。西洋のこの薬は、効果が強いの。だからこっそり、足していたのよ!」
「ほう。では、これが『ジギタリス』であると知っていたのですね」
 将臣の冷徹な指摘に、翠の息が止まる。
「これは、扱いを知らぬ者が使えば、猛毒になり得る」
 翠の目が泳ぐ。それでも、しらじらしく言葉を吐き捨てた。
「さあ……どうかしら。俊朗から『心臓によく効く薬』としか聞いてないから」

「母さん……嘘だろう……?」
 すると、突然、障子の影から虚な目をした俊朗が現れた。
「俊朗! なっ、なぜここにっ!!」
 翠が目を剥いて驚いた。
「頼まれてたそのジギタリスを、届けに来たんだよっっ!!」
 俊朗は持っていた紙袋を、勢いよく翠へ投げつけた。袋の口から、西洋の包装紙に包まれた薬が、何包も散らばった。
「俺は、この薬は効果はあるけど危険な薬だって教えただろう⁈ 素人が勝手に飲ませていい薬じゃない! まさかお義父上に飲ませていただなんて……っ」
「俊朗さんっ、違うのっ。誤解よっ!」
 翠はズルズルと俊朗まで這うように近づく。
「──殺人未遂だぞっ!!」
 俊朗の指摘に、翠の顔から血の気が一気に引いた。
「僕は関係ないからなっ⁈ 母さんが勝手にやったことだ!!」
 すぐさま踵を返そうとしたが、翠がその足に必死にしがみついた。
「俊朗っ! 見捨てないで! 借金があって仕方なくやったことなの!!」
 しかし、俊朗は汚物でも見るように翠を睨み、縋るその腕を強引に振り払い、出ていってしまった。
















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