軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
打ちひしがれた翠は、畳の上にうずくまり、咽び泣いていた。
それを見ていた源一郎が小さくため息をつき、重たい身体を起こした。そして、筆机から一通の封書を取り出した。
そして、翠の細い肩にそっと手を置いた。
「翠。これを」
厚みのある封書を見た途端、泣き腫らした翠の目がニヤリと笑った。
「……ようやく援助していただけるの?」
奪うように源一郎の手から封書を奪い取った。そして、驚愕の目で翠は叫んだ。
「り、離縁状っ⁉︎」
「そうだ。今すぐ、ここから出ていけ」
源一郎は顔色ひとつ変えずに命じた。
髪を振り乱した翠は三つ指をつき、必死に土下座する。
「あなたっ、お願い! 一度だけっ! 一度だけ許してっ!!」
「こんなことをして……許せるはず、ないでしょう」
凪が低い声で翠を睨んだ。
「俊朗とあなたに捨てられたら、私、どうやって生きていけばいいの?」
「あの……お取り込み中、失礼します。翠様、お客様です」
「千代っ!! こんな時にふざけないで──あ……っ」
言葉の勢いが一瞬で消え去った。
千代の後ろから、柄の悪い二人組が顔を見せた。体格のいい開襟シャツ姿の男と、痩身だが眼差しが鋭い着物姿の男だった。
着物の男が、一枚の用紙をひらひらさせている。
「今日の返済分を受け取りにきましたよ。桐谷 翠さん」
皆の前に突き出されたのは、借用証書だった。そこには、高額な借入金額と翠の署名が記されている。
翠が弾かれたように立ち上がった。
「あっそのっ……今日はまだっ準備が……」
額に脂汗を流し一歩二歩と後退すると、脱兎のごとく奥の部屋から廊下へと逃げ出していった。
「おいっ逃げるなっ!!」
男二人も、慌ててその後を追いかけていった。
嵐の静けさに、皆が顔を見合わせた。
同時に息を深く吐いて肩の力が抜けた。
「ごほっごほっ」
源一郎がよろめくと、将臣と凪が一斉に腕を伸ばし支えた。
「父上。ようやく、本当に休めますね」
「助けていただき、なんと礼をしたらいいのか……。凪、安藤殿……本当にありがとう」
涙が溢れそうになり、ふと将臣と目が合った。
彼はまた、自分にしか見せない優しい笑顔を浮かべてくれていた。