恋のメンテナンスは必要ですか?
第九話 「一人で抱えんな」
翔が彩の歯科に訪れて1週間が経った。
互いに連絡先を交換しているわけでもない私達はそのあと話すこともなく。
特に変わり映えのない日々を過ごして今日もまた1日を終える。
「以上が今日の報告です。」
午後八時。
診療を終え、スタッフたちが受付の前にある待合室で集まっていた。
「はーい。みんなお疲れ様。」
穏やかな雰囲気で眼鏡をかけた年配の男性が彩の報告に優しく返す。
男性の一声でそれぞれが帰り始め「お疲れ様でしたー」とスタッフルームへ向かった。
自分も一緒に向かおうとすると声をかけられ、足を止める。
「葉山さん」
「先生。お疲れ様です」
「お疲れ様ね。先週はごめんね?出勤早々、新患入れちゃって」
「全然大丈夫です。……って、先生が予約入れたんですか?」
普段、一切予約には関与しない院長が翔の予約を入れていたことに驚く。
院長は「ほほほ」と穏やかに笑った。
「そう。いやー頼まれてね。まさかあの人の息子さんが僕の院に通いたいと言い出すとは思いもしなかった」
(あの人……?息子……?)
彩は院長の言葉に首を傾げた。
「どういうことですか?」
「ん?いや彼のお母さん、うちもお世話になっている神崎グループの社長だろう?」
「へ。」
突然知った新情報に瞬きが止まる。
ソムリエなのは知っていた。
レストランを経営していることも知っている。
お父さんがトップソムリエだということも。
お金持ちなんだろうなぁ程度にしか考えていなかった。
――まさか、神崎グループの社長令息だったなんて。
神崎グループといえば、誰もが知る大企業。
その御曹司が……翔さん?
「彼のお母さんとはたまたま知り合いでね。まぁ、顔見知り程度なんだが。そこで僕の番号を知ったのか葉山さんに見てもらいたいと前日の夜、熱心に電話で頼み込んできて。いけそうだったから予約入れたんだよ」
そんなことが起きていたとは。
予想もしておらず「そう、ですか……」と返すしかない。
それと同時に疑問が溢れ出す。
(どうしてそこまで……?)
自分にそこまでするような魅力を見出せず、頭の中に謎が溢れる。
気づけば彩の思考は翔で埋め尽くされていた。
「人生、何があるかわからないね。葉山さんのおかげで僕もいい関係を作れたし、ありがとうね。
……ところで彼とはどういう関係なの?もしかして彼氏?」
院長の言葉に彩は焦って否定する。
「いや!ただの知り合いです!彼氏だなんて……世界が違いすぎます……」
トップソムリエの息子であり、本人自身もソムリエで経営者。
加えて御曹司であると知ってしまった。
住む世界の違い、気が引ける。自然と声も小さくなってしまった。
そんな彩の心境を知ってか知らずか院長は穏やかに話し出す。