光のはじまり ― 王子が困るまで ―
第30話 答え合わせ
飲み会が終わりかけた頃、理久はレジのそばで会費を確認していた綾瀬美月に声をかけた。
「さっき、助けてくれなかったね」
少しくらいは困った顔をするかと思ったのだが、彼女の返事は実にあっさりしたものだった。
「助ける必要、ありました?」
「絡まれてた」
「慣れてるでしょう」
「慣れてるけど」
そこで、つい本音が出た。
「助けてほしかった」
言った瞬間、彼女が返事に困ったのが分かった。
……あ。
今のは、少し素直すぎただろうか。
けれど、撤回する気にはならなかった。廊下で目が合った時、確かにそう思ったのだから。
その後は、相変わらずだった。
女ホイホイ。
面と向かって、ひどい呼び名をつけられた。
こちらも少し言い返すと、彼女は自分から妙な例えを持ち出し、勝手に怒り始めた。
理久は思わず笑った。
ああいう返しができるのだから、本当に大したものだと思う。
結局、彼女があの時何を考えていたのか、それ以上は聞けなかった。
それでも、先ほど廊下ですれ違った時よりは、少し気分がよかった。
「じゃあ、また助けてほしい時は呼ぶ」
「呼ばないでください」
「検討する」
綾瀬美月は、いかにも信用していない顔をした。
理久は声を出さずに笑い、彼女を会計の場所に残して歩き出した。
◇
「藤崎」
出口近くで、桐谷が待っていた。
壁際に立っているが、偶然居合わせたという雰囲気ではない。
「お疲れ様。そっちも終わったんだね」
「ああ。ところで、どうだった?」
「何が?」
桐谷は答えず、理久の顔を見て笑った。
嫌な予感がした。
「王子に靡かない女。あの子は簡単じゃないな」
理久は、わずかに目を細めた。
「……何の話?」
「まだ隠す?」
桐谷は楽しそうだった。
以前、飲みに行った時には、相手の名前を教えなかった。
女性を家に泊めたこと。朝食を作ったこと。食事に誘い、忘れ物を返す約束までしたこと。
そこまで話しておきながら、肝心の相手だけは伏せた。
それなのに、どうやら見当をつけられてしまったらしい。
「余計なことしないでくれる?」
理久は店の出口へ視線を向けた。
飲み会を終えた人たちが、少しずつ外へ出始めている。
先ほど廊下で絡んできた看護師の姿も見えた。
「……それより、今日はもう逃げたいんだけど」
「協力してやるよ」
「その時点で余計なんだけど」
桐谷は笑いながら、手を差し出した。
「上着貸せ」
「上着?」
「いいから」
理久は一瞬、相手の顔を見た。
この男がこういうことを言い出す時は、たいてい何か企んでいる。
大学時代から、そうだった。
「……何する気?」
「お前が困ってるんだろ。助けてやるよ」
「何を?」
「だから、上着」
会話にならない。
理久は小さく息を吐き、上着を脱いで渡した。
桐谷はそれを受け取ると、満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ行ってこい」
「どこに?」
「出待ちの皆さんのところ」
理久は出口の方を見た。
店の前には、飲み会を終えた人たちが集まり始めている。
……なるほど。
「救出する気、ある?」
「あるって。任せとけ」
桐谷の返事は、まったく信用できなかった。
◇
店を出てすぐ、理久は声をかけられた。
「藤崎先生、二次会行きましょうよ」
「さっき全然話せなかったです」
「少しだけでいいから」
9Cの看護師たちだった。
理久はいつもの笑顔で応じた。
「ごめんね。明日も早いから、今日はここで」
「えー、本当に少しだけ」
「また今度ね」
角が立たないように答えたが、酒の入った相手は簡単には引いてくれない。
先ほどの廊下ほどではないにしても、なかなかその場を離れられなかった。
……桐谷。
助けるって言ったよね?
視線を動かすと、少し離れたところに桐谷がいた。
こちらの状況を見ている。
しかも、笑っている。
……何が楽しいんだか。
理久は軽く会釈しながら、もう一度断った。
その時、店の入口から綾瀬美月が出てきた。
バッグを持ち、周囲を見ながらタクシーを探しているようだった。
理久は一瞬、彼女へ視線を向けた。
彼女もこちらの状況に気づいたらしい。
しかし、足を止める様子はない。
……また?
いや。
さっきのことを考えれば、当然か。
理久は笑顔を保ったまま、視線を戻した。
これ以上、綾瀬美月に助けを期待するのはやめておこう。
そう思ったところで、桐谷が動いた。
「さっき、助けてくれなかったね」
少しくらいは困った顔をするかと思ったのだが、彼女の返事は実にあっさりしたものだった。
「助ける必要、ありました?」
「絡まれてた」
「慣れてるでしょう」
「慣れてるけど」
そこで、つい本音が出た。
「助けてほしかった」
言った瞬間、彼女が返事に困ったのが分かった。
……あ。
今のは、少し素直すぎただろうか。
けれど、撤回する気にはならなかった。廊下で目が合った時、確かにそう思ったのだから。
その後は、相変わらずだった。
女ホイホイ。
面と向かって、ひどい呼び名をつけられた。
こちらも少し言い返すと、彼女は自分から妙な例えを持ち出し、勝手に怒り始めた。
理久は思わず笑った。
ああいう返しができるのだから、本当に大したものだと思う。
結局、彼女があの時何を考えていたのか、それ以上は聞けなかった。
それでも、先ほど廊下ですれ違った時よりは、少し気分がよかった。
「じゃあ、また助けてほしい時は呼ぶ」
「呼ばないでください」
「検討する」
綾瀬美月は、いかにも信用していない顔をした。
理久は声を出さずに笑い、彼女を会計の場所に残して歩き出した。
◇
「藤崎」
出口近くで、桐谷が待っていた。
壁際に立っているが、偶然居合わせたという雰囲気ではない。
「お疲れ様。そっちも終わったんだね」
「ああ。ところで、どうだった?」
「何が?」
桐谷は答えず、理久の顔を見て笑った。
嫌な予感がした。
「王子に靡かない女。あの子は簡単じゃないな」
理久は、わずかに目を細めた。
「……何の話?」
「まだ隠す?」
桐谷は楽しそうだった。
以前、飲みに行った時には、相手の名前を教えなかった。
女性を家に泊めたこと。朝食を作ったこと。食事に誘い、忘れ物を返す約束までしたこと。
そこまで話しておきながら、肝心の相手だけは伏せた。
それなのに、どうやら見当をつけられてしまったらしい。
「余計なことしないでくれる?」
理久は店の出口へ視線を向けた。
飲み会を終えた人たちが、少しずつ外へ出始めている。
先ほど廊下で絡んできた看護師の姿も見えた。
「……それより、今日はもう逃げたいんだけど」
「協力してやるよ」
「その時点で余計なんだけど」
桐谷は笑いながら、手を差し出した。
「上着貸せ」
「上着?」
「いいから」
理久は一瞬、相手の顔を見た。
この男がこういうことを言い出す時は、たいてい何か企んでいる。
大学時代から、そうだった。
「……何する気?」
「お前が困ってるんだろ。助けてやるよ」
「何を?」
「だから、上着」
会話にならない。
理久は小さく息を吐き、上着を脱いで渡した。
桐谷はそれを受け取ると、満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ行ってこい」
「どこに?」
「出待ちの皆さんのところ」
理久は出口の方を見た。
店の前には、飲み会を終えた人たちが集まり始めている。
……なるほど。
「救出する気、ある?」
「あるって。任せとけ」
桐谷の返事は、まったく信用できなかった。
◇
店を出てすぐ、理久は声をかけられた。
「藤崎先生、二次会行きましょうよ」
「さっき全然話せなかったです」
「少しだけでいいから」
9Cの看護師たちだった。
理久はいつもの笑顔で応じた。
「ごめんね。明日も早いから、今日はここで」
「えー、本当に少しだけ」
「また今度ね」
角が立たないように答えたが、酒の入った相手は簡単には引いてくれない。
先ほどの廊下ほどではないにしても、なかなかその場を離れられなかった。
……桐谷。
助けるって言ったよね?
視線を動かすと、少し離れたところに桐谷がいた。
こちらの状況を見ている。
しかも、笑っている。
……何が楽しいんだか。
理久は軽く会釈しながら、もう一度断った。
その時、店の入口から綾瀬美月が出てきた。
バッグを持ち、周囲を見ながらタクシーを探しているようだった。
理久は一瞬、彼女へ視線を向けた。
彼女もこちらの状況に気づいたらしい。
しかし、足を止める様子はない。
……また?
いや。
さっきのことを考えれば、当然か。
理久は笑顔を保ったまま、視線を戻した。
これ以上、綾瀬美月に助けを期待するのはやめておこう。
そう思ったところで、桐谷が動いた。