光のはじまり ― 王子が困るまで ―
桐谷は、店の前で女性たちに囲まれている理久を見ていた。

予想どおりだった。

藤崎理久は、こういう時でも感じがいい。相手に恥をかかせず、笑顔のまま断ろうとする。

それが余計に、相手を諦めさせないのだろう。

昔から、変わらない。


桐谷は手に持った上着を見た。

さっき本人から預かったものだ。

続いて、店から出てきた綾瀬美月に目を向ける。

彼女も藤崎が囲まれていることには気づいたらしい。

だが、助ける気配はなかった。


……本当に、助けないんだな。


桐谷は笑いをこらえた。

飲み会の席で藤崎の話を振った時、彼女はそ知らぬ顔をしていた。

けれど、反応がまったくなかったわけではない。

先ほど会計付近で二人が話していた様子も、遠目に見ていた。

詳しい事情は知らない。

それでも、藤崎が話していた相手は、おそらく彼女だろう。

あの男が、女性のことであれほど回りくどい話をするのは珍しい。


さて。

どう助けたものか。


桐谷が周囲を見回すと、少し離れた場所に相澤がいた。

「お疲れ様。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「お疲れ様です、桐谷先生」

「困ってる上司を助けてやってくれない?」

桐谷が藤崎の方を示すと、相澤はそちらを見た。

「ああ……なるほど」

状況を理解したらしい。

「教授から連絡が入ったことにして、呼んできてもらえる?」

「分かりました」

返事は早かった。

余計な質問もない。


……助かるな。


相澤はすぐに女性たちの輪へ向かった。

「すみません、藤崎先生。教授から連絡が入ってます」

その声に、女性たちの注意が少し逸れた。

藤崎が相澤の方を向いたのを確かめて、桐谷は綾瀬美月へ歩み寄った。

彼女はちょうど、店の前でタクシーを拾おうとしていた。

「綾瀬、タクシー?」

「はい」

「じゃあ、これ」

理久から預かっていた上着を、その腕に押し込む。

「え?」

「届け物」

「誰にですか」

「本人に」

美月が怪訝そうな顔をしたところで、店の前にタクシーが停まった。

桐谷は後部ドアが開くのを待ち、美月の肩を軽く押した。

「乗って」

「え、あの」

「屈んで」

「はい?」

戸惑いながらも、美月は乗り込んだ。言われるまま、座席の奥で身をかがめる。

桐谷は開いたドアの脇に立ったまま、運転手と目を合わせ、片手で少し待つように合図した。

まだ、出発してもらっては困る。


美月を乗せることには成功した。

あとは、もう一人。

桐谷は店の入口へ視線を戻した。
< 54 / 82 >

この作品をシェア

pagetop