花詠み ―雪中花―

第十一話

 満月が輝く夜、時は亥の初刻(いのしょこく)を少し過ぎたところだろうか。
 ある張見世の前には、大勢の男性が集っていた。
 三味線によるお囃子(はやし)が弾き鳴らされる中、客を誘い込む見世番の声が、あちらこちらから聞こえた。
 表通りに面した妓楼の張見世(はりみせ)。
 朱塗りの格子と籬(まがき)を隔てた狭い空間に、今宵も妖艶な遊女たちがずらりと並び座る。
 美しい遊女たちの視線は格子をすり抜け、集った男達を艶やかに誘い込む。
 中でもひときわ若く美しい、丸髷の上級遊女を見つめる美しい男性が居た。
 籬越しにその姿を目にした彼女の目が大きく見開く。

「瀬木遼也様のご登楼だよォ!」
「千代さん、お支度ぅ!」

 若い衆と見世番に告げられ、名を呼ばれた遊女――千代は素見(すけん)だらけの張見世を後にする。
 いま登楼(とうろう)したのは、千代にとっては情男(いろ)――商家の若旦那。
 彫像のように美しい男性。
 千代の元に訪れるという文が届いてから数時間。
 彼女は今か今かと、一日千秋の想いで彼を待ち続けていた。

 約束通り、遼也が店に到着する。
 彼が姿を現すと、千代の顔が明るく華やぐ。
 共に向かった千代の個室で、ふたりは抱き合い、口づけを交わした。
 遼也は千代に告げた。

「……君を身請けしたい。私と、夫婦(めおと)になろう」
「遼也様……ああ……」

 信じられなかった。
 遼也とは天と地ほどに境遇が違うというのに。
 遊女が、情男と夫婦になることは夢のまた夢。
 こんな口約束は信じてはならないと、遊女なら誰でも分かっている。
 分かっていても、その言葉に縋り、望んでしまう。
 ――ただ愛する人と幸せになるという夢を。
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