花詠み ―雪中花―

第十二話

 香苗はハッと目を開く。
 真上から白い水仙の花びらが舞い落ちては消えていく。
 甘い花の匂いの奥に、潮の湿った匂いが混じり、“目”はまた増えてくる。
 そしてどんどん広がる。
 それは朱塗りの格子の向こうから。
 香苗を取り囲むようにして。
 寝室の障子がゆっくりと開いた。
 暗い部屋の奥に、女が立っている。豪奢な着物の裾だけが見えた。
 その瞬間、足元でまるで氷の中に釘を打ったかのような、軽い音がした。
 細い蜘蛛の糸が途切れると、香苗の素足の裏にひやりとした冷たさが滲む。
 まるで、浅い水の上に立っているようだ。
 潮の匂いに、水仙の甘い香りが絡みつくようにして、濃く――漂う。
 香苗は恐る恐る寝床の上を見た。
 昨夜まで、天井に残っていた小さな蜘蛛の巣が、今はない。
 ただ枕元に、ちぎれた糸のようなものが落ちている。
 髪の毛ほどに細く、白く透けた糸。
 その傍らに、小さな蜘蛛が一匹、足を折りたたんだまま動かずにいた。
 拓真はまだ帰らないし、優斗もいない。
 耳を澄ますまでもなく、何かが来る気配がした。
 水仙の香りが、さらに濃くなる。

 ――しゃり。
 ――しゃり。

 濡れた足袋で畳を擦り歩く音、
 引き摺る裾の音、飾り簪が擦れる音――。
 濡れた足袋で畳を擦る音が、部屋の外を横切った。
 当然のように香苗の身体は、ピクリとも動かない。
 喉も閉ざされ、息が浅くなる。
 閉じることを許されない目は、暗闇の中でぎらぎらと見開いたまま固定される。
 そして移ろう部屋の変化を、声ひとつ出せないまま見守ることしかできない。

 やがて、世界が――暗転した。
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