花詠み ―雪中花―

第七話

 金縛りにあう夜は度々続いた。
 あの少女の夢は毎回見るわけではなかった。
 夜明けまで続く金縛りは、どんどん香苗を疲弊させていく。
 家事の合間に、香苗はぐるりと部屋を見渡し、気が付く。
 この家には「目」が溢れていることに。
 板目の丸い節だけではない。
 朝早く魚売りのトラックから購入した魚の目、窓の反射、網の結び目、排水口。
 普段目には見えないものまで、香苗には“目”のように見え、思わず軽い悲鳴を上げた。
 時計の秒針だけが進む音、遠くで鳴る船の汽笛の音。
 カーテンの向こうが少しずつ白む中、その間も目はずっと開いたままだ。
 金縛りからようやく解放された身体に、ゆっくりと襲い掛かる睡魔。
 香苗はフラフラになりながら、崩れるようにソファーに座る。
 日が昇った日中、ソファーの上で居眠りをすることも、常になってしまった。

「お母さん、具合悪いの?」

 優斗が心配そうに香苗の体調を気遣う。
 神社のお守りが効いたのか、優斗はもう「みや」という名を口にしなくなった。
 香苗にとってそれだけが救いだった。

「夜、眠れないだけなの。大丈夫よ」
「それなら香苗、病院行って睡眠薬でも貰うか?」

 拓真も香苗を心配し、休みの時は家事を代わってくれる。
 優斗も積極的にその手伝いをしているようだった。

「大丈夫、眠れるときに眠るから」

 拓真と優斗が傍にいるからこそ、香苗は香苗でいられる。
 部屋の隅、鏡の端、障子の端――。
 目のようなものが見えても、香苗は気のせいだと思うことにした。
 睡眠不足からくる錯覚だと。そう言い聞かせなければ、心が壊れてしまうだろう。
 それでも迫りくる恐怖に耐えきれなくなると、香苗は母親に連絡を取った。
 呼び出しのコールが虚しく続く。それは何度試しても同じだ。
 仕方なく留守番電話にメッセージを残すも、連絡がくることはなかった。
 どうして電話が通じないのか、それすらもわからないまま。
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