花詠み ―雪中花―
第八話
それはある雨降りの日だった。
歳は14歳ぐらいだろうか。
傘を差したひとりの少女が、稲荷社で手を合わせて拝んでいた。
「姐さんの病気がはよう、治りますように……」
するとその稲荷社の影から猫の鳴き声がした。
三毛猫の子猫だ。
少女はその場にしゃがみ、その子猫にそっと手を差し伸べる。
「おまはん……迷い猫かえ?」
子猫が小さく鳴いた。
その頭を少女が優しく撫でた時だった。
下駄の足音と共に、振り返ると傘もささず雨に濡れた青年が後ろに立っていた。
「君、そこで何をしている?」
子猫は茂みに向かって走り去る。
振り返った少女はその問いにこたえた。
「わっちはただ猫を……」
それからずぶ濡れの青年に駆け寄り、差していた傘を青年に差し出す。
「君が濡れてしまう。俺はいま雨に濡れたい気分だから構わない」
「気にしないでおくんなんし。わっちは……」
少女の視線と青年の視線が交差する。
青年の端正で凛々しい顔立ちを、その黒い目を、少女はじっと惚けたように見つめた。
「俺の顔に何か?」
「……なんでもござんせん」
少女はハッとして、青年から視線を逸らす。
頬を赤らめた少女を見て、青年は小さく微笑んだ。
「……君、どこの見世にいる?」
「松風屋……にござりんす」
「そうか」
少女は青年に頭を下げ、その場を去った。
そして胸が締め付けられるような痛みを感じたまま、香苗は目が覚めた。
あの青年の声を、懐かしいと思うのはなぜなのか、わからないまま。
なぜか両目が潤んでいた。あとから涙が止まらなかった。
歳は14歳ぐらいだろうか。
傘を差したひとりの少女が、稲荷社で手を合わせて拝んでいた。
「姐さんの病気がはよう、治りますように……」
するとその稲荷社の影から猫の鳴き声がした。
三毛猫の子猫だ。
少女はその場にしゃがみ、その子猫にそっと手を差し伸べる。
「おまはん……迷い猫かえ?」
子猫が小さく鳴いた。
その頭を少女が優しく撫でた時だった。
下駄の足音と共に、振り返ると傘もささず雨に濡れた青年が後ろに立っていた。
「君、そこで何をしている?」
子猫は茂みに向かって走り去る。
振り返った少女はその問いにこたえた。
「わっちはただ猫を……」
それからずぶ濡れの青年に駆け寄り、差していた傘を青年に差し出す。
「君が濡れてしまう。俺はいま雨に濡れたい気分だから構わない」
「気にしないでおくんなんし。わっちは……」
少女の視線と青年の視線が交差する。
青年の端正で凛々しい顔立ちを、その黒い目を、少女はじっと惚けたように見つめた。
「俺の顔に何か?」
「……なんでもござんせん」
少女はハッとして、青年から視線を逸らす。
頬を赤らめた少女を見て、青年は小さく微笑んだ。
「……君、どこの見世にいる?」
「松風屋……にござりんす」
「そうか」
少女は青年に頭を下げ、その場を去った。
そして胸が締め付けられるような痛みを感じたまま、香苗は目が覚めた。
あの青年の声を、懐かしいと思うのはなぜなのか、わからないまま。
なぜか両目が潤んでいた。あとから涙が止まらなかった。