バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
第15話:異常
「あ、美味しそうな鯛。塩焼き……アクアパッツァにしようかなぁ」
並べられた新鮮な魚を見つめながら、詩織は小さく声を漏らした。
鷹木との同居生活が始まってから、しばらく経った。
あれ以来、貴大は詩織の職場にも一切姿を現していない。
アパートまで来たときに、鷹木が釘を刺してくれたのが効いているのだろう。もう諦めたのかもしれなかった。
鷹木の送迎は今も続いていたが、仕事の都合上、毎日というわけにはいかない。
彼がどうしても車を出せない日には、必ずタクシーを使うようにと固く言われていた。それに合わせて、詩織は時折、マンションの近くにある大きめのスーパーマーケットに立ち寄るのが習慣になっていた。
普段はネットスーパーの宅配で済ませているが、やはり自分の目で食材を見て回るのは楽しい。その日の夕食のメニューも格段に組みやすくなる。
今朝、鷹木は「20時頃には帰れる」と言っていた。
ここ数日は和食の献立が続いていたから、今夜は少し趣向を変えて洋食にするのも良いかもしれない。
メインを鯛の料理にして、最後は旨味が凝縮されたスープを使ってリゾットかパスタに仕上げよう。
自分が何を作っても、まるで初めて見たごちそうかのように喜んでくれる鷹木。
そんな彼と温かい食卓を囲む時間は、今の詩織にとって、この上ない喜びとなっていた。
「買いすぎちゃったかな」
エコバッグから覗くセロリの葉を見つめ、詩織は口元に微笑を浮かべた。
スーパーから鷹木のマンションまでは、見通しの良い一本道だ。ここを歩くのにも慣れた。
先日、リビングで一緒に眺めた資料の事件は、うまく動き出したらしい。
『詩織さんのおかげで大きなヒントをもらえたよ』
やたらと興奮気味に語っていた彼の姿を思い出す。
何がヒントになったのか、詩織にはさっぱりわからなかった。それでも、構わない。自分が口にした言葉が、ほんの少しでも鷹木の役に立てたというその事実が、ただただ誇らしく、嬉しかった。
夕暮れのオレンジ色の光が、広い大通りを長く引き伸ばしていく。
ふと、前方の視界に馴染みのある歪な影が立ちはだかった。
背筋に冷たい氷を押し当てられたように、足がすくむ。
「おかえり、詩織」
成瀬貴大だ。
唇の両端を吊り上げ、笑っている。
しかし、目は全く笑っておらず、どす黒い光を宿した恐ろしい表情を讃えていた。
息を呑む間もなく、貴大は詩織の腕を強い力で掴み取る。強引に引きずられ、そのまま歩道に停められていた車の方へ連れていかれる。
「や……めて、離して」
詩織は必死に身体を捩り、腕を振り払おうと抵抗した。
しかし、男の強引な力には叶わない。助手席のシートへと押し込まれてしまう。
バタンと重い音を立ててドアが閉められた。