バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
第29話:小さな背中
「……?」
詩織は、ロータリーの奥の暗がりへと目を凝らした。
街灯の光が届かない物陰から、コツコツと革靴を鳴らしながらゆっくりと初老の男性が歩み出てくる。
少し小柄な体格に合った趣味の良いスーツをまとい、白髪の混じった髪を整えたその人物が露わになった瞬間、狂暴に叫んでいた麗子の顔が真っ青になる。
「あ……パ、パパ……」
「どうやって二人を『二度と生きて行かれないくらいに叩きのめしてやる』のか、教えてくれ。麗子」
低く、しかしハッキリとした口調だった。
一切の言い訳を許さない、強固な意志を感じる声色が夜の広場に響く。彼の放つ空気感に、詩織は背筋が冷やりと凍るような感覚を覚えた。
「ち、違うのよパパ……私、私がハメられたのこの二人に。全然覚えのないことを私のせいだって騒ぎ立ててそれで……」
「どれに覚えがないと言うんだ。お前が書いた週刊誌の記事のことか? 投稿したネット記事のことか? それとも、SNSで匿名で騒ぎ立てるような書き込みをしたことか?」
男性は冷徹に言葉を突きつけながら、手にしたB社の週刊誌を、娘の足元へと投げ捨てた。
バサリ。
軽い音を立ててアスファルトに落ちた雑誌を見下ろしたあと、男性は、鷹木と詩織の方へと向き直り、深く頭を下げた。
「鷹木くん、朝比奈さん。娘が大変申し訳ないことをしました。謝って済む問題ではありませんが、親として、情けなく、申し訳なく思っております」
「西園寺さん……」
苦渋に満ちた表情で、鷹木は西園寺を見つめた。
詩織もまた、目の前の光景に息を呑む。
「パパ! 謝る必要ないわよ、被害者はわた……」
「黙れ!」
とうてい、この知的な初老の男性から発せられたとは思えないほどに、どすの効いた鋭い声が周囲の空気を震わせる。
すぐ近くにいた詩織も思わず、肩がすくんでしまう。
「娘の育て方を間違えました。私の不手際です」
西園寺は、氷のように冷たい声で娘を見限るように言うと、すっと片腕を高く上げた。
「どうぞ、出てきてください」
呼びかけに応じるように、駅前のロータリーに止められていた何台かの車のドアが一斉に開き、中から多くの人たちが出てきた。
スーツや私服に身を包んだ彼らが一歩一歩距離を詰めてくるその雰囲気だけで、詩織には分かった。
警察だ。
元夫である貴大の家に踏み込んできた人たちと同じ、独特の鋭い空気感を持っている。
「鷹木弁護士に対する暴行罪、および鷹木、朝比奈両名への脅迫罪の現行犯です。私は一部始終を見ていました」
「パパ!」
麗子が悲鳴のような声を上げて父親にすがるが、西園寺はその姿を気にする様子もなく、淡々と警察官たちに向かって言葉を続けた。
「娘が書いた記事もねつ造です。朝比奈さんを陥れる目的で意図的に書かれたものと思われます。パソコンを調べれば証拠が出るでしょう。B社にも報告し、正式に取り下げてもらわなくては」
近づいてきた警察官の一人が厳かに頷き、足元に落ちていた週刊誌を拾い上げて預かった。男たちの手が麗子の腕へと伸びる。
「やめて、離して! 私は正しいことをしたのよ、調べれば虐待の証拠が出るはずだわ。どうせ誰だってやってるんだから!」