「恋って、認めて。先生」

 いつから見られてたんだろう……!?

 永田先生は深刻な表情でゆっくりこちらに歩いてくる。

「違うんです、永田先生。これは……!」

 とっさに口を開いたものの、それ以上言葉が浮かばない。体は冷えているのに、額にじっとり汗が流れた。

 何があっても、比奈守君だけは守らなければいけない。


 私は比奈守君から離れ、永田先生に視線を移した。

「言い訳はしません。教員という立場にありながら、私は生徒を誘惑しました。どのような罰も受けます。なので、どうか、彼のことは見逃していただけないでしょうか?」

 かたく目をつむり、永田先生の返事を待つ。嫌な感じにドキドキして、胸が張り裂けそうだ。

「違います」

 比奈守君は言い、私の腕を引くと自分の背中に隠し、永田先生と向き合った。

「誘惑されたんじゃありません。俺が大城先生に迫ったんです。学校に言うなら、大城先生のことは黙っていてくれませんか。その分俺が、どんなこともします…!」
「どんなことも、ね……」

 ようやく口を開いた永田先生の声音は、今まで聞いたことのないくらい冷ややかだった。

「君達が互いのことを思いかばい合っているのはよく分かるよ。大城先生も不謹慎だけど、比奈守君。君はそれで大城先生を守っているつもり?」

 永田先生は、比奈守君に一歩距離を詰めた。普段の永田先生からは考えられないくらい威圧感に満ちているというのに、比奈守君はひるむことなく、その場で永田先生を見据えていた。

「例えば君の言葉通り、君の方から迫ったのだとしても、学校側に知られ重い処分を受けるのは大城先生だけなんだよ。それ、分かって言ってる?」
「……っ」

 比奈守君は両手を強く握りしめ、悔しげに唇を引き結んだ。追いつめるかのように、永田先生は言葉を継ぐ。

「何をしたって君は守られる立場だから分からないだろうけど、学校という公の場所で教師と親密にしている時点で、君は身勝手なことをしてるんだよ。生徒としても、男としても」
「永田先生!彼は悪くありません、全て私のせいなんです!それ以上は、どうか……」

 そんなことしか言えない自分が悔しかった。本当は、永田先生にそんなことを言わせないくらい、比奈守君を守りたいのに……。

 永田先生はこちらに微笑し軽くうなずくと、再び厳しい視線を比奈守君に向けた。

「大城先生は優しいね。年下の男の子が甘えたくなるわけだ」

 男の子。その言い方に腹が立ったのだろう、それまでおとなしくしていた比奈守君は、鋭い口調で言い返した。

「そんなんじゃありません。大城先生のことが好きだし大切にしたいと思ってます。永田先生こそ、何なんですか?さっきから聞いてれば教師面して偉そうなこと言ってるけど、俺に大城先生をとられてやっかんでるだけなんじゃないですか?そんなに俺達の関係が気に入らないなら、校長にでも親にでも好きに言えばいい。どうなったって俺は大城先生を守りますから」
「手を叩いて褒めてあげたいところだけど、やっぱりダメだね。そうやってすぐ反発するところが子供だって言ってるんだよ」

 比奈守君の言葉に動揺することなく、永田先生は言った。

「僕は大城先生を守りたいから言ってるの。そうやって感情まかせに突っ走って好き放題して、君は気持ちがいいかもしれない。でも、大城先生は?君の突発的かつ感情的な衝動のせいで、失うものがあまりにも多過ぎる。そういうの、考えたことある?」
「永田先生、私が悪いんです。どうかもう、彼を責めないで下さい……!」

 もう、それ以上見ていられなかった。

「大城先生に免じて、このくらいにしておくよ」

 永田先生は普段の穏やかな顔つきに戻った。

「僕は、君達のことを学校に告げ口する気はないよ」
「そう、なんですか……?」

 どっと肩の力が抜ける。

「ここへ来たのが僕で良かったね。君達は運がいい」

 永田先生は苦笑する。

「本来なら、水泳部の顧問が見回りを兼ねて施錠に来るはずだったんだけど、さっき大城先生がプールへ入っていくのが見えたから、僕が代わりに施錠を申し出たんだ。そしたら、衝撃的なもの見せられちゃったわけだけど」

 恥ずかしい。私はバカだ……。顔が赤くなるのを感じつつ、私は冷静に頭を下げた。

「何とお礼を申し上げていいのか……。お心遣い、本当に感謝します。ありがとうございます。永田先生……」
「これからは気をつけなね?他の人に見つかったら、僕でもかばいきれないから」
「はい……」
「さ、もう遅いし生徒は早く帰りなさい」

 永田先生に促され、比奈守君は先に学校を出た。私は急いで更衣室で着替えを終え、永田先生がプールの施錠をするのを見届けてから学校を出た。


 校門を抜けるとすぐ、いつかのように外壁にもたれて比奈守君が立っていた。

 うつむいていた比奈守君は、こちらに気づくと駆け寄ろうとし、ためらうように足を止めた。その表情は、傷ついているようでもあり、不本意ながら何かに納得しているという感じかした。
< 104 / 233 >

この作品をシェア

pagetop