マネー・ドール
 門田真純が消えてしまってから、季節がまた変わって、梅雨があけて、夏になった。無料ベッドができた俺は、悶々としながら、いろんなオンナを抱いたけど、やっぱり門田真純を超えるオンナはいなくて、中途半端なあの日のセックスが余計に俺を興奮させて、俺はまた、違うオンナで門田真純を抱いていた。
 あれから、社宅に行ってもないし、電話もしていない。きっと杉本と仲良く暮らしてんだろうな。十一時か……飯食って、今頃布団の上で……
「隅田川の花火、行ってたの」
ああ、それでか。浴衣の女の子が多いと思ったんだよ。はぁ、あれから一年かぁ。あのキスから一年も経つのか……
「ねえ、浴衣、イケテルでしょ?」
この子は常連のコ。うーん、一回か二回……『アフター』したかな?
目の前のギャルギャルしい渋谷のオンナより、なぜか地味な門田真純のことばかり考えてしまう。
やっぱり……俺、門田真純のこと、好きなんだろうなあ。
「ねえ、ケイタくんって!」
え? ああ、ボーっとしてた……
「ごめん、聞いてなかった」
「何それー。ムカつくー」
一応、客なので頑張って機嫌をとっていると、女の客が一人で入ってきた。その女は、とてつもなく、いいオンナで、長いストレートの茶髪に、黒いミニのワンピースに、黒いピンヒール。耳にはシャネルのイヤリングが光っていて、バッグもシャネル。女はカウンターに座って、その長い脚を組んで、惜しげもなく太ももを晒した。

「いらっしゃいませ」
「マティーニ」
女の声は、ちょっと舌ったらずで、ちょっとハスキー。パールピンクに光る唇が、猛烈に、エロい。
「かしこまりました」
周りの野郎どもがチラチラと見る。そりゃそうだろう。こんなにいいオンナ、こんな安物バーにはめったに来ない。
モデルか、女優のタマゴか……そんなとこかな。銀座のホステスかもしれないなぁ。とにかく、ガキじゃ到底手を出せない。みんなチラチラ見るだけで、誰も声をかけようとはしない。多分、この俺でも客なら、絶対無理。
だけど、俺はバーテン。客と喋るのが仕事。だからやめられないんだよなぁ、この仕事!
「お待たせしました」
女はにっこり笑ってグラスを上げて、俺もカッコ良くハーパーのロックグラスを上げた。
「初めて、ですよね?」
「……うん」
女は、ピンクの唇でマティーニを飲んでいる。胸元からは、たわわな谷間が……たまんねえ……今夜、お願いしたい!
もう浴衣のギャルも、汗臭い野郎どもも、俺には邪魔でしかない。早く帰れ、お前ら。
「待ち合わせですか?」
「ううん」
「お一人ですか?」
「うん」
俺は、またもや、カッコ良く、マルボロをくわえて、どっかの女に貰ったジッポで火をつけた。
「俺、ケイタっていいます。お名前、聞いてもいいですか?」
決まった……今の俺、超渋くね?
最高にカッコ良く言ったつもりだけど、女はクスクス笑った。
あれ? なんか、おもしろかった?
「佐倉くん。私だよ?」
へ? 私? 誰? えーと、ナンパしたコかな……でも、こんないいオンナなら、絶対忘れないけど……
「もう、忘れちゃったの?」
女は、ちょっとほっぺたを膨らまして、上目遣いで俺を見た。
忘れ……うん? あれ? もしかして……
「えーと……門田……さん?」
「やっと、思い出した?」
その女は、門田真純。あの、門田真純。めっちゃめちゃ……
「うふっ。久しぶりだね」
「う、うん……あの……」
「中村くんにね、ここでバイトしてるって教えてもらったの」
いや、まあ、そこもだけど……
「ねえ、どう?」
「え?」
「イケてる?」
そりゃ、もう……かなり……
「うん……なんか、変わり過ぎてビックリした」
門田真純はうふっと笑って、マティーニをもう少し飲んだ。
「お店、何時に終わるの?」
「一時くらいかな」
「待ってて、いい?」
「もちろん」

 ますます、他の客が邪魔になって、十二時半に無理矢理追い出して、店を閉めた。
「いいの?」
「いいのいいの。どうせなんも頼まないし」
 俺は、変化した門田真純を連れて、夜の渋谷を歩いた。門田真純はゆさゆさと胸を揺すりながら、ケツをプリプリと振りながら、歩いている。男どもがチラチラ見る。腰に手を回すと、門田真純は、俺に体を寄せた。
見ろ見ろ。俺のオンナ! 最高だろ?

お腹がすいたというので、ファミレスで飯を食った。夜中だっていうのに、結構混んでて、ザワザワうるさい。
「家、帰らなくていいの?」
門田真純は、夜中のこの時間に、サーロインステーキセットを食べながら、軽く言った。
「うん。今日はお友達のお家に泊まるって言ったから」
泊まる? 泊まるって、言ったよな?
「一人暮らしなんだよね? 佐倉くん」
「うん」
「お部屋、見たいな」
「いいよ」
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