マネー・ドール

 猛烈に憂鬱な気分で家に帰ると、真純は俺のTシャツを着て、スヤスヤ眠っていた。新しく買った、ふわふわのダウンケットにくるまって、クーラーの効いた寝室で、眠っていた。
杉本は、寝ずにお前を探しているというのに……
 シャワーを浴びて、ビールを飲んで、寝ようと思ったけど、気が重すぎて眠れない。
結局、そのままソファで朝を迎え、気分は最悪で、ぼんやりテレビを見ていると、昼前に真純が起きて来た。
「おはよう、慶太」
ちょっと寝ぼけ眼で、軽くキスをして、ああ、やっぱりかわいいな……
「うん、おはよう」
「やっぱり、クーラーがあるとよく眠れる。前の部屋は暑くて、夏は寝不足だったの」
真純は、昨日買った菓子パンと、缶コーヒーを持ってきて、隣で食べ始めた。
「真純……あのさ……」
「何?」
真純はテレビを見て笑っている。
こうしてる間も、杉本は……
「ここに、いるんだよね?」
「いていいって、言ったじゃん」
「それなら、杉本に、ちゃんと言わないと……心配してるみたいだよ」
真純は一瞬、表情を固くして、でもすぐにテレビを見て笑い出した。
「おっかしいの、これ」
「真純、ちゃんと聞けよ」
「もう、うるさいわね! わかったわよ。行けばいいんでしょ?」
「今日は日曜だし、杉本、家にいるんじゃないかな」
真純は黙ったまま、不機嫌にパンを食べて、化粧をしに行った。

 杉本の社宅の前に車を停めると、不機嫌なままの真純が言った。
「なんて言えばいいの?」
なんて……それは……
「別れたいって」
「それで? 理由を聞かれたら?」
「……他に、好きな人ができたからって……」
「そう言えばいいのね?」
「ちゃんと話せば、杉本もわかってくれるよ」
「あー、めんどくさい!」
真純は不機嫌に車を降りて、バンッてドアを閉めて、杉本の部屋へ行った。

 どうしよう……大丈夫かな……杉本が逆上したりしたら……いや、もしかしたら、元サヤとか……やっぱり俺も行った方が良かったかな……
ウジウジ考えている間、約十分。
不機嫌な顔の真純が出て来た。
えっ、もう?
真純はチラリと停めてある杉本の軽トラを見て、セルシオのドアを開けた。
「お待たせ」
スモークガラスの向こうには、部屋の窓からセルシオを見ている杉本がいた。
呆然と、悲しそうに、絶望した顔で、セルシオを眺めていた。


「杉本、なんて?」
「知らない」
「真純……ちゃんと、話したんだよな?」
「言われた通りに、言ったよ」
真純は、ヴィトンのシガーケースから、細いタバコを取り出した。タバコを吸う女は、あまり好きじゃない。
「タバコ……いつから?」
「都会のイケテル女の子は、タバコ吸うんだよ」
真純は、ふぅっと煙をふかした。
「タバコ吸う女の子は、あんまりなんだ、俺」
「イケテルのに?」
「イケてないよ」
それを聞いて、真純は火を消して、ゴミ袋にシガーケースごと、突っ込んだ。
「じゃあ、やめよっと」

 真純は、変わっていた。俺が、変えてしまっていた。何かを、失くしてしまっていた。
きっとそれは……俺が一番、欲しかったもの……






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