どうぞ、ここで恋に落ちて

店長や咲さんにも褒められて、お客様にも喜んでもらえて、本当に本当に嬉しかった。

そうなればもちろん、樋泉さんにも報告したくなる。

お礼だって言いたい。

別の出版社が刊行しているレーベルの売り上げが上がったことを嬉々として栄樹社に報告するのは変だから、もらった名刺に書いてある樋泉さんの会社用の携帯に電話すればいいとわかってる。

……まだ一度も、かけてみたことはないけど。


「ああもう! だって、でも……ああ、どうしよう」


ただ電話をかけてお礼を言うだけなのに、私は朝から何度も携帯を取り出してはポケットにしまう行為を繰り返していた。

在庫整理をしていても、搬入をしていても、レジに立っても、閉店作業が始まったときでさえ、自分でも呆れるほどウジウジ悩んでる。


結局そのまま一日が過ぎてしまって、とぼとぼと家に向かって歩きながら携帯の画面を睨みつけていた。

画面には一応、樋泉さんの番号が表示されている。

あとは通話ボタンを押すだけなのに、どうしても躊躇してしまうのだ。

理由はわかってる。

千春子さんにメガネを取られて、慌てて赤くなっていた樋泉さんの横顔が私の胸を痛いほど締め付けるから。
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