主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
「それで?目覚めたらあの神社に居たということか?」


か細い声で忌み嫌う過去を洗いざらい話した椿姫は、両手で顔を覆ってうずくまった。


主さまは大量の出血による眩暈で何度も意識が飛びそうになる中何故こんな事態になってしまったのかを知るために意識を強く保ち、横たわったまま椿姫を見つめる。


…愛、のように見えた。

ふたりは愛し合っているように、感じた。


「話を聞く限りでは、酒呑童子はそなたを匿って庇護しようとしていたように思えたが…」


「…違います。あの方は私を監禁していずれ食べるつもりだったのです。そうでなければ……私はあの方に食べられることはなかった…!」


――胸が痛んだ。

主さまは胸を押さえて歯を食いしばった。


状況が…自分に似ていたのだ。

赤子だった息吹をいずれ食うつもりで育てていたこと…

そしていつしか愛という感情が芽生えたこと…何もかもが似すぎていて、息吹の笑顔が頭をよぎって唇が切れるほど歯を食いしばる。


「どちらにせよ酒呑童子はそなたを奪いにやって来るだろう。そなたは酒呑童子と十六夜を衝突させ合って相打ちもしくは酒呑童子の死を願っている。それでよいのだな?」


「…………はい…」


返答するまでの逡巡の間。

憎んでいると口にはするものの、椿姫の中に愛憎の鬼が潜んでいる姿を見抜いた晴明は、疲労感に大きな息をついて立ち上がる。

主さまには休息が必要だ。

そして椿姫が醸し出している血の匂いを抑える方法を探す時間も必要で、また息吹の様子も気にかかる。


「椿姫…この札を肌身離さず持っていなさい。十六夜は息も絶え絶えだが妖の頂点に立つ者。理性は強靭だがそなたの血の匂いにやられて例えようのない罰を受けた。そなたが、けしかけたのだ」


「……はい…申し訳ありません…私の身勝手な行動で…」


「とにかくここから一切出ることを禁ずる。結界を張っておく故、無理に出ようとすればただでは済まぬ。十六夜…様子を見に行って来る」


「………頼む…」


何の、とは誰も聞かなかった。


今頃泣いて泣いて身体と心に負担をかけているかもしれない大切な女の様子をどうしても知りたい主さまの頼みに晴明が頷いて応える。


…このまま離縁するつもりは毛頭ない。

息吹に再び信じてもらえるまで、諦めるつもりはなかった。
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