アロマな君に恋をして

その夜、私はいてもたってもいられなくなって麦くんに電話をした。

けれど用もないのに掛けるのは初めてで、麦くんの『どうしたんですか?』という声になんて答えたらいいかわからない。

ベッドの上でクッションを抱き締め、私はただ携帯を握りしめる。


『なずなさん……?』


でも、何か話さなくちゃ……


「あのね」

『うん』

「……特に、用事はないの。でも……」

『……仕事で何かありました?』

「……ううん」


せっかく私を心配してくれてる麦くんに、何も話せないのがもどかしい。

それに、不本意だったとはいえオーナーに抱き締められてしまったことを思い出すと、ちくちく胸が痛む。


『――今からそっちに行きましょうか?』


こんな風に、麦くんが優しいから余計に。


「大丈夫……少し、落ち着いた」

『本当に?』

「うん。ただ単に、疲れてたのかも」

『無理しちゃだめですよ?今日は早く寝た方がいいです』

「ありがとう」


――その後も結局、なんの解決にもつながらない会話をしただけ。

それでも、麦くんの声には私を安心させてくれる魔力があった。

オーナーの誘いは、断り続ければいい。そうすればきっとそのうち諦めてくれる。


私はそう結論付け、かすかな不安は胸の奥に押し込めて眠りについたのだった。


< 118 / 253 >

この作品をシェア

pagetop