桜まち 


忍び足で近づく私の姿は、まるで泥棒みたいだった。
櫂君は、真剣に書類に目を通しているようで、足音を忍ばせて近づく私には気づかない。
私は、そおっと席に座り、PCの電源を入れる。
そこで櫂君が気づいた。

「あ、菜穂子さん、おはようございます。いつの間に。あれ、僕に声かけました?」
「あ、うぅん。お、おはよう……」

私は目もあわせず、ぼそぼそと朝の挨拶をする。
櫂君の顔をちゃんと見ることが、どうしてもできない。

「どうしたんですか? なんか、おかしいですよ。また、風邪でも引きました?」
「ひいて……ないよ。大丈夫」

私の顔を覗き込むようにして櫂君が心配してくれているというのに、ソソクサと朝の準備に集中するふりをして、その後もほとんど口を利かずにいた。

櫂君の隣にいることがなんだか落着かなくて、できればちょっとでも離れた席にいきたいと思ってしまう。
なのに、こんな日に限って会議もなく、席を離れるなんてこともできない。

しかも、もうそろそろランチタイムになろうとしている。
そうなれば、いやでも櫂君と行くことになるだろう。
こんなに気まずい気持ちでいるのに、ランチなんてとても無理。

けど、待てよ。
今日も佐々木さんとランチに行ったりしないのかな?
昨日の、佐々木さんのPCはもう直ったのかな?
直っていなかったら、今日も佐々木さんとランチのはずだよね?

そしたら、また二人で向かい合って、楽しそうに食事をするんだろうな。
そして、私はまた一人、寂しい食事になるんだ。

あ、いやいや。
櫂君の顔をまともに見られないんだから、寧ろその方がいいのか。

けど、一人は一人で寂しいんだよね……。

どっちつかずな思考に嫌気が差していると、そこへ営業の佐藤君が現れた。


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