B級彼女とS級彼氏

 第7話~過去~

 ~七年前~

「何やってんの?」

 夏休み期間中の登校日と言うものは本当に面倒くさいもので、着慣れたはずの制服も汗ばむこの季節は不快極まりない。欠席したとしても出席日数には影響ないらしいのだが、それでも久し振りに会う友達とだべったりするのは楽しかったりする。
 宿題はどこまで進んだかとか、休みの間にどこかに行ったのかとか。高校生にもなると恋の話で盛り上がる事もしばしばで、夏休み前にカップルになった人達のその後や、誰と誰が二人で仲良く手を繋いで歩いているのを見かけたなど、ワイドショー顔負けな情報も得られたりするのだ。
 私はそう言う事はからっきし疎いのだが、人の話を聞くのは結構好きなほうだったった。

 今日もてっきりそういう話で盛り上がるのかと思いきや、その日は何故か違っていた。

「あ、あゆむ! みてみて! あんたはコレ、どう思う? 結構いい線いってると思うんだけどなぁー」

 終礼の挨拶が終わり、クラスメートの殆どが教室から出て行ったと言うのに、何人かの女子生徒が一つの机を取り囲むようにして座り込んでいる。皆、帰る様子も無くキャッキャッとはしゃいでいた。
 何をしているのかとその子達の頭の上から覗き込んでみれば、どうもみんなでこの学校の男子をランク別に分けて楽しんでいたようだった。

「A級は四組の稗田(ひえだ)君と、三組の木下君、根本君コンビでしょ、AA級は六組の山田君に二組の日下部君と、四組のサッカー部キャプテンの原田君。で、AAA級が一組の生徒会長、白石君!」
「ふぅーん」

 どこの学校でも生徒会長と言うのはやはり人気者らしい。私的にはあんなガリ勉眼鏡のどこがいいんだか、さっぱり判らないが。

「――ん、何? この“S”って。誰も書いて無いじゃん」

 用紙の一番上の左端に“S級”と書かれているが、そこには誰の名前も記されていない。その事を不思議に思って聞いてしまったのが、そもそもの間違いだった。

「これは今から書くのよー。まぁ、既に決まってるから書かなくてもオッケーなんだけどね」
「へぇ。――で、誰なの?」
「……、」

 上からその紙を覗き込んでいる私を、皆が一斉に下から見上げた。

「え?」

 皆の顔から『あんたっていう子は、ほんっと信じられない』とでも言いたげなのが滲み出ていて、私は思わず覗き込んでいた姿勢を元に戻す。
 すると、その場に居た全員が体を起こして、私に冷たい視線を浴びせた。

「あんった、それ本気で言ってんの!?」
「は、はぁ?」
「『はぁ?』じゃないわよ、“S級”なんてランクは今回から特別に出来たんだからね!」

 前からやってたのか。すまん、それは知らなかった。

「そうよ! 最初はA~AAA級までのランクしか無かったのに、小田桐君が転校して来たから、特別に設けた枠なのよ!」

「……え? て、ことはそのS級って――」
「そうよ、我が三年五組の小田桐 聖夜(おだぎり まさや)君よ!」

 と、言い切るや否や、皆、『きゃあー』っと甘い歓声を上げ身を捩りだし、それを見た私は思わず閉口した。

 今年度より、海外からの留学生を積極的に受け入れる事を決めた我がT高校は、この六月に最初の留学生として、アメリカから小田桐 聖夜を受け入れた。彼は母親が日本人と言う事もあり日本語も堪能で、外国人になじみの少ない我が校の生徒でも幾分なじみやすいだろう。と言った学校側の配慮からであった。
 私たちが着ている制服に関しても、他校ではまだ学ランが主流だったにも関わらず、T高校は私たちが入学した年にいち早くブレザーを取り入れるなど、何かと時代の先端を行こうと日夜励んでいるらしく、それはそれは他校から良く羨ましがられる学校だった。

「ねぇ、歩ぅー。小田桐君って彼女とかいるのかな?」
「さ、さぁ?」
「ちょっと探ってみてよ! あんた学級委員なんだし」

 そう、私は何故か学級委員長と言うガラにも無い事をやっている。学級委員長と言えば、眼鏡を掛けている者がなるのが相場だと言うのに。勿論、私は眼鏡などかけてもいなければ、運動も勉強も何をやっても平均点以上取る事が出来ない極々フツーの人間。そんな私がなぜ学級委員長になったのかと言うと、三年生になって初めての登校日から約三日間。風邪のせいで学校を休み、久し振りに出席してみたら勝手に委員長にさせられてた、ってオチだった。
 いずれにしても、

「なぁーんで、学級委員だからって小田桐の恋愛事情を調べなきゃなんないの。仮に彼女が居なかったとしても、アイツ、もうすぐアメリカ帰っちゃうじゃん」

 そう、小田桐はもうじきアメリカに帰る。最初から短期留学だと言うのは聞いていたが、たった二ヶ月半の為に制服を揃えていた事で、もしかしたら短期といえども卒業まではいるのかも? と、女子たちは少なからず淡い期待を抱いたものだった。
 しかし、その時に感じた疑問はすぐに解消された。
 単純な事だった。
 あいつの家はお金持ち――。だったからだ。

 金持ちじゃなければ、案外いい奴なのに……。
 焦点の合わない目で、机の上のS級と書かれた紙をじっと見つめる。
 皆のキャーキャーと騒ぐ声でハタと意識を戻し、そう言えば後で職員室に来るようにと先生に呼ばれていた事を思い出した私は、その場を去ろうとした。

「……? あゆむー、ちゃんと聞いてきてよー!」
「だから、いなかったとしてもS級なアイツが、あんた達凡人になんて見向きもしないでしょ。現実をみな?」

 そう吐き捨てて立ち去ろうとする私の背中越しに、女子たちの金切り声が聞こえる。

「キィィーー! あんたなんか……び、B級よ! B級!!」
「はいはい、どうとでも」

 そんなもの、痛くも痒くもないとばかりにふんと鼻で笑うと、ギャーギャー騒ぐ友人達に構うことなく、そのまま教室を後にした。


 ◇◆◇

 職員室で先生に今後の進路について相談していた。卒業後の進路なんてとおの昔に決めているのに、先生がそれを認めようとしないのだ。だから、相談、と言うより説得。と言った方が正しいのかもしれない。
 先生が必死で私に話しかけて居るのに、私の意識は蚊帳の外にあった。
 ふと、職員室の扉が開く音が聞こえ、先生の視線も扉へと移る。そこにいたのは、色白の肌に良く映えるサラサラの黒髪に大きなブラウンの瞳。同世代とは到底思えぬ程大人びた顔立ちをしている小田桐だった。

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